文:長野弘子
掲載媒体:月刊ASCII
光ファイバー網を使ったネットワークにより、転送スピードが2.5ギガバイトという広帯域サービスの世界に近づいている。自分のコンピュータのマザーボードの方がかえってボトルネックになり、デスクトップのデータにアクセスするよりも数100キロ離れたデータセンターのデータにアクセスする方が速いという世界だ。現在、インターネット上では厖大なコンテンツがバラバラに散らばっているが、こうした状況になれば、ネットワーク上のナレッジはすべて共有でき、個々が全体であり、全体が個々であるような、今まで経験したことのないような新たな相乗効果が生み出されるようになるだろう。
しかしその一方で、個人情報も簡単に収集されるようになり、その情報がどこまで共有されるかというプライバシーの問題がこれまで以上に深刻になっている。たとえば、昨年10月に、過去のアーカイブを含めた世界最大のインターネット図書館(web.archive.org)が開設されたが、この図書館は100億ページ以上のウェブサイトを保存しており、指定箇所にウェブアドレスを入力するだけで、そのサイトの過去5年間にわたるページを閲覧できる。学生などがウェブデザインの進化を年代順に追えるようにするのが目的だとしているが、本人にとっては抹消したいデータも多数含まれており、開示の合意のないまま情報が一人歩きする可能性もある。
また、検索サイトのグーグルでは、ウェブ上に存在する20億ページのうちの13億ページ・5テラバイト分をアーカイブに保存しており、すでにサーバーから消去されてしまったページでも、「キャッシュ」をクリックすれば閲覧ができる。これらのサービスにより、すでに自分のサーバーから消去したと思っていた昔の文章や写真などが人々の目に触れる可能性は大きい。プライバシー侵害への懸念から、グーグルはメールで連絡すればキャッシュを取り除くようにしているものの、自分の知らないうちに開示したくない情報が見られているかもしれない。
しかし、こうしたサイトよりも恐ろしいのが、手に入る限りの個人情報をかき集めて、民間企業や政府機関に販売しているデータ集計会社である。ウェブサイトにログインするだけで、あらゆる個人の経歴や犯罪歴、所在地などを調べることができ、米国では何とFBIまでもがこれらの企業を使っている。しかし、米人権団体の『プライバシー財団』によると、データ集計会社の情報は間違いが多く、たとえば2000年秋の米大統領選挙では、米チョイスポイント社(choicepointonline.com)のデータにより、多くの黒人市民が犯罪者と間違われて投票権を得られず、同社とフロリダ州が提訴されるという事件も起こった。
こうした動きに対抗して、個人情報を自分でコントロールするサービスを提供している企業も存在するが、どんな食べ物が好きだとか、クルマの色や種類、ウェブサーフィン履歴から通っているスポーツクラブ名まで、私たちの生活の断片的なデータはどこかに厖大に蓄積され、すでに明確な個人プロフィールへと変容しつつある。
さらに、同時多発テロ以降、プライバシーよりも国家の安全保障が大切だという風潮が強くなっており、米国では「パトリオット法」により警察による盗聴の権限が拡大され、全米のプロバイダーに設置された通信傍受システム「カーニボー」の利用も裁判所の合意なしに行われるようになった。また、空港からカジノまでいたる所で人相の照会システムが導入され始めている。以前は、こうしたシステムは画像の解像度が低いためにほとんど役に立たなかったが、最近ではレタッチソフトやノンリニア編集機材を使い、解像度も高くなりつつある。
もしも、これらの場所に設置された監視カメラの映像が、リアルタイムでFBIのデータベースと照合されたらと考えるだけでも恐ろしいが、実際に、ジョージ・オーウェルの「ビッグブラザー」のような監視社会がグローバルに広がりつつあるのだ。公式には認めていないものの、米英豪などの西側の情報機関では、電話やファックス、電子メールなど地上・通信衛星のあらゆる通信データを監視する巨大な盗聴ネットワーク「エシュロン」を構築している。欧州では98年からプライバシー侵害の事実が次々と明らかにされ、欧州議会でエシュロンを調べるための調査委員会が特別に設置された。この報告書によれば、日本の三沢基地にも傍受施設が存在しており、2000年8月に施行された悪名高い「盗聴法」も、エシュロンと何らかの関係があるものと見られている。
こうしたプライバシーの侵害は、あなたの遺伝子配列にまで広がっている。遺伝子情報の解析を進めることで、個人のテーラーメイド医療やゲノム創薬が実現できるが、こうした個人の遺伝子データが社会に漏えいすれば、遺伝子による差別も生まれるだろう。こうした事態を防ぐためにも、本人が必要なときに必要なだけの個人情報を公開する仕組みが確立されなければならない。
ネットワーク上のナレッジを共有し、新たな相乗効果を生み出していくためには、まずネットワーク上で自分の情報がどのように提供されているのかを知り、その情報を積極的にコントロールしていくことが、今後は一層重要になるだろう。(2002年3月)