September 21, 2002

たばこと思いやり

The Watcher「もうひとつの視点」
(週刊ホテルレストラン、2002/5-24日号)

文:長野弘子

 米国での7年間の生活を経て、昨年、日本に帰ってきた。米国のレストランはサービスや料理の面でがっかりすることが多かったが、日本の食文化とキメ細やかなサービスは、世界でも一流だと感心する。和食からイタリアン、フレンチ、タイやインド料理まで、どんなレストランに行っても美味しいし、サービスがよく行き届いている。

 しかし、最近はある理由のせいで、レストランで食事をするのが憂鬱になってきた。それは、店内にうっすらとただようたばこの煙である。道ばたやバス停での喫煙にも閉口するが、一番つらいのが、レストランでのたばこだ。禁煙のレストランは皆無に近く、一歩足を踏み入れて、あまりの煙たさに店をあとにしたことが何度かあった。せっかく美味しい料理を食べていても、たばこの煙がただよってくるだけで、美味しさが半減してしまう。しかも、たばこを吸っている人たちをよくよく観察してみると、決して自分たちに向かって煙を吐かずに、ほかのテーブルに向かって吐いているのだ。周囲の迷惑も何もあったものではない。

 最初はガマンしていたが、だんだん神経質になってきて、店員に頼んで席を変えてもらうようになった。断られるときには、違う店に行くようにしている。これだけたばこを吸う人が多いと、たばこを吸わない人の権利はとても弱い。レストランの経営者は、たばこを吸わない少数者のことをもっとよく考慮してほしいものだ。

 また、客のなかには、酔っぱらって騒ぎ散らす客もいて、こちらがせっかく会話を楽しんでいるのに、集中できないことが多い。雑誌でレストランやカフェの取材をしているが、いい雰囲気の店だと思って夕食時に行ってみると、酔っぱらって騒ぐ客とたばこの煙のせいで、取材時のイメージとはまったく異なる空間になっていたことがある。居酒屋で騒ぐのはいいが、それ相当のお店では他人の会話をさえぎるような大音量で話すのはやめてほしい。

 先日、NYから遊びに来た友人を連れて青山のレストランに行ったが、団体客が騒ぎ散らしており、友人は顔をしかめていた。米国では、音楽をかけて大騒ぎするところはバーであり、レストランは会話をゆっくりと楽しむところだ。日本とはバーとレストランの役割が大きく違っていることもあるだろうが、たばこの煙で窒息しそうな店内で、大声で騒ぐ客と一緒に食事をするのは、あまりいい気はしない。

 不況といえども、モノとサービスが溢れる日本は、飽食そのもの。そのなかで足りないものとは、お金に換算されない他人を思いやる心なのではないだろうか。(ながの・ひろこ)

Posted by hiroko at September 21, 2002 02:54 PM | TrackBack
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