切っても切れないラップとポエトリーの関係
文/写真:長野弘子
『ミュージックマガジン』2000年6月号

サラ・ジョーンズ:1人芝居「サーフェイス・トランジット」のフライヤー
99年1月30日、真冬のニューヨーク。イーストビレッジの果てにあるニューヨリカン・ポエツ・カフェは熱気で充満していた。カフェに入りきれないほど集まった人々は、サラ・ジョーンズの1人芝居「サーフェイス・トランジット」を観に来たのだ。サラ・ジョーンズは、ソウル・ウィリアムスと並び、ニューヨークのヒップホップポエトリーシーンを代表するポエトだ。ラップとは異なり大規模なマーケティングとは無縁のヒップホップポエトリーが、全米中で大きな盛り上がりを見せている。その魅力とは何なのだろう?ポップカルチャーとしてのポエトリーの歴史、黒人文化のヒップホップとポエトリーの関係、そして注目のヒップホップポエトを探ってみる。
続きを読む↓
●ポエトリースラムの台頭
小さなカフェやクラブで数人が集まり詩の朗読をするポエトリーリーディングは、90年代初めから急速にポップカルチャーの仲間入りを果たした。カウンターカルチャーが吹き荒れた60年代から、ポエトリーリーディングはビートニクスやアーティスト、またニューレフトやアナーキストなどのプログレッシブな若者達の間で盛んに行なわれていた。その多くは、詩を読みたい人が誰でもステージに立ってリーディングを行なう「オープンマイク」スタイルで、仲間内でやる程度のものだった。
しかし、シカゴのポエトリーシーンを支えた小さなクラブ「グリーンミル」では、86年から観客がポエトに点数をつけて優勝者を決めるといったショー的な要素をポエトリーに持ち込んだ。こうしたスタイルは「ポエトリースラム」と呼ばれ、多くのポエトがこれを土台にしてスキルを磨いていった。グリーンミルのオーナー、マーク・スミスは90年に全米中の都市からポエトを集めてスラムを行う「ナショナル・オープン・スラム(NPS)」を開始し、ポエトリーシーンを盛り上げていった。
各地域でポエトリーシーンは盛り上がりを見せたが、特にラティーノポエトのミゲル・アルガリンが70年代に始めたニューヨリカン・ポエツ・カフェは、イーストビレッジのアーティストの溜まり場から、全米中のポエトを惹きつけるポエトリーシーンのメッカとなり、映画『スラム』に登場するソウル・ウィリアムスやソニア・ソーンなどの卓越したポエトを輩出している。
毎週水曜日にキース・ローチが主催する「スラムオープン」には、ヒップホップポエトだけではなく、全米中からビートニクやニューレフト、ダンサー、シンガー、アーティスト達が集まり、今一番の盛り上がりを見せている。ここで勝ち残ったポエトは、さらに金曜日のスラムに出場でき、そこで勝ち残ったポエトはNPSに出場することになる。こうしたスラムに特徴的なのは、人種や民族、文化の違いに関係なくありとあらゆる種類のポエトが集まり、自由にポエトリーを詠み合うことだ。

ニューヨリカンのスラムマスター、キース・ローチ。観客がポエトに点数をつけて優勝者を決める「スラムオープン」のホストを務める。
ポエトリーの魅力は、何と言っても自分の思ったことをそのまま表現できる点にある。MTVでは、このトレンドをいち早く察知し、92年と94年にニューヨリカンの人気ポエト、レジー・ゲインスとマギー・エステップを起用してポエトリーのライブ番組「スポークン・ワード:アンプラグド」を放映した。この番組は、ボヘミアン風のライフスタイルに憧れる多くの若者を刺激し、即席ポエトを多数生み出した。さらに、ここ数年スターバックスカフェを始めとするコーヒービジネスにより、全米で6000件のカフェができ、これら即席ポエト達のためのステージが出来上がったというわけだ。
90年代に入ってからのポエトリーシーンの盛り上がりをNPSの参加数で見てみると、最初の年に参加したのはわずか3都市だったが、今年は48都市が参加するまでになっている。NPSの模様を撮ったドキュメンタリー映画『スラム・ネーション』が、丁度『スラム』と同時期に上映されていたが、ビデオカメラを通してもポエト達の凄まじい熱気が伝わってくる。ニューヨークからはソウル・ウィリアムスやジェシカ・ケア・ムーアなどが代表として出場していた。
●切っても切れないラップとポエトリーの関係
黒人コミュニティにおけるポエトリーは、ラップとは切っても切り離せない関係にある。もともとポエトリーは、ルーツを遡ればグリオなどアフリカの口承文化から脈々と受け継がれてきたもので、文学というよりは生活に密着したものだ。ドラムに合わせて物語を語るグリオは、単なる歴史の語り部ではなく、村を代表する音楽家であり精神的指導者でもあった。
ハーレムルネサンスを代表する20年代のポエト、ラングストン・ヒューズもまた、黒人が受ける社会的差別や抑圧を音楽的なポエムに託して社会に問いかけ、当時の黒人に強烈な影響力を与えた精神的指導者だといえる。また、60年代、公民権運動に身を投じたソニア・サンチェス、マルコムXの黒人意識解放運動に影響を受けたラスト・ポエッツやギル・スコットヘロン、アミリ・バラカ、マヤ・アンジェロなども、ジャズやファンクビートに乗せてラディカルなメッセージを黒人に訴えた。

そして80年代、ラップが登場する。黒人の口承文化はブルースやゴスペルなどの音楽にも受け継がれているが、その究極がスポークンワード(話し言葉)を音楽スタイルに昇華したラップだ。これは、音楽に合せた「しゃべり」であり、ブルースやゴスペルよりもポエトリーに近い。ポエトのボブ・ホーメンがプロデュースしたアルバム「ラップ・ミーツ・ポエトリー」、ニューヨークの若手ポエトを集めたコンピレーションアルバム「イヤガズム」でも感じるように、これらのポエト達のスタイルはほぼラップといっても差し支えない。
しかし、ラップはあくまでビートを中心にした音楽であり、ライムは音楽の一部として制約を受ける。一方、ポエトリーの場合、音楽はあくまで「手段」であり目的ではない。つまり、ポエトリーがラップと決定的に違う点は、音楽スタイルではなくメッセージと音楽のどちらにより重点を置くかの点にある。90年代後半に入りラップが極度に商業化していく中で、もう一度自分たちで言葉のパワーを取り戻そうとする内面的な試みがポエトリーだともいえる。
ギル・スコット・ヘロンは、94年のアルバム「スピリッツ」の1曲目「メッセージ・トゥ・ザ・メッセンジャーズ」の中で、今のラップが現実を伝えるメッセンジャーの役割からハイプ(虚像)を賞賛する商業主義の道具に成り下がっていることを痛烈に批判している。また、ポエトのシャリーフ・シモンズは、ポエトリーを「その場にいる人間に真実とは何かを考えさせるものであり、表面的な事象ではなく絶対的な真実をさらけ出すもの」と表現する。つまり、シャリーフの言う「絶対的な真実をさらけ出す」ラップはポエトリーであるともいえるのだ。
●続々と登場するヒップホップポエト

現在、多数のヒップホップポエトが活躍しているが、最も有名なのは前述のソウル・ウィリアムスだろう。映画『スラム』の他にも詩集「ザ・セブンス・オクターブ」(ムーア・ブラック・プレス)、新著「S/He」(MTVブックス)を出版している。

ジェシカ・ケア・ムーア(左):CB'sギャラリーでショーを行った時の写真。
また、サイレント・ポエッツのアルバムにも参加しているジェシカ・ケア・ムーアは、ニューヨリカンの常連ポエトであり、出版会社「ムーア・ブラック・プレス」の経営者でもある。デトロイト出身の彼女は「ワット・リアリー・ハプンズ」の中で自分のことを「デトロイト・レッド」(マルコムXの若き日のあだ名)と表現している。ジェシカはアポロシアターのアマチュアナイトで5週間連続で勝ちぬいたことで有名になり、その後はギル・スコット・ヘロンを初めとする多数のポエトと競演している。
また、1人芝居「ザ・レボリューション・イン・ザ・レディーズルーム」を1996年にニューヨリカン・ポエツ・カフェで演じ、1997年に詩集「ザ・ワーズ・ドント・フィット・マイ・マウス」を出版している。ちなみに彼女の詩集の前書きを書いたトニー・メディーナは「ノー・ヌース・イズ・グッド・ヌース」などの優れた詩集をいくつも出版している。

ハーレム出身のポエト、カール・ハンコック・ラックスも要チェックだ。98年に詩集「ペーガン・オペレッタ」(フライ・バイ・ナイト・プレス)を出版、99年にアルバム「ラックス・レビュー」(ソニー550ミュージック)をリリースしている。ラックスはギタリストのジム・ホールやDJのマニー・マークを含んだバンドとともにパフォーマンスを行っている。ラップに蔓延するセクシズムと物質主義を痛烈に批判したり、ポエム「ノー・ブラック・メール・ショー」ではホィットニー美術館で数年前に開催された黒人男性をテーマにした展示会を揶揄している。
ニューヨリカンの常連、ラティーノポエトのウィリー・ペドモは1996年に詩集「ウェア・ア・ニッケル・コスツ・ア・ダイム」を出版。この題名はラングストン・ヒューズのポエムから取ったものだ。通称スパニッシュハーレムと呼ばれるイーストハーレムで育ったウィリーは、自分の体験をストレートに表現する。同書の中の母親に関する2つのポエムは2パックの「ディア・ママ」に匹敵して泣ける。

ライザ・ジェシー・パターソン:1人芝居の衣装を身につけたライザ
また、今最も注目株なのがライザ・ジェシー・パターソンだ。彼女が今年3月にニューヨークのオフブロードウェイで演じた1人芝居「チロンズ・ホームガール・ヒーラー・ハウルス」は、1日限りのショーで、会場に集まったのはサラ・ジョーンズやその他のポエトを含めてほんの30人ほどだった。
しかし、8人の異なる女性を1人で演じるこのショーは、ストリートの黒人女性の姿をあますところなく表現しており、ヒップホップポエトリーの集大成を見たと感じるほど大きな衝撃を受けた。この芝居の音楽プロデューサーであるマルコ”ネイティブサン”ジェンケンズは、「イヤガズム」のプロデューサーでもあり、現在ライザのファーストアルバムを制作している。

さて、これからのヒップホップポエトリーの行く末だが、ライザの芝居を観に来ていたサラ・ジョーンズに話を聞いてみたところ、今度のスパイク・リーの映画「バンブーズールド」にライザとともに出演するとのこと。キル・ロック・スターズやマウス・オールマイティ/マーキュリーなどのスポークンワードのレコードレーベルも頑張っており、今後はますます注目のポエトが登場することだろう。
ちなみにサラ・ジョーンズはニューヨークのオープンマイクショー「リリシストラウンジ」のアルバムにもフィーチャーされている。映画「ラブジョーンズ」の成功や、マックス・ブラッグのポエム「スカイ・フィッツ・ヘブン」がGAPのTVコマーシャルに使われたり、さらにはマドンナのアルバムにポエトがフィーチャーされるなど、ますますポエトリーが商業化されていくなか、ハードコアを貫くヒップホップポエトに期待したい。
Posted by hiroko at September 21, 2002 03:23 PM | TrackBack