September 21, 2001

オリジナル・ヒップホップ・ポエト「FAREED」

[ Poetry ]

 日曜日の夕方、トンプキン・スクエア公園の近くでFAREED ABDALLAHに会った。FAREEDは、NUYORICAN POETS CAFEで毎月ヒップホップ・ポエトリー・ショウケースの LYLICSを開催している。10月5日のショウケースはどうだったか尋ねると、彼は「ブルックリンかブロンクスかどこかのモブスター達がやってきて、散々だった」と語った。


 その夜、会場は300人か400人の人、人、人で埋め尽くされ、物凄い熱気のショウの途中、そのモブスター達が喧嘩を始めた。喧嘩はひどくなり、ポリスカーがやって来てとうとうパフォーマンスは中止させられたそうだ。FAREEDは、来年の春までNUYORICANではショウを出来ないので、多分違う場所を探すと言っていた。来年の1月にブロンクスのクラブ「POINT」(注1)でショーをやる。また、BMCC(ブロンクス・コミュニティ・カレッジ)でもやると言った。

 彼から、ヒップホップ文化の中でどうやってポエトリーが生まれていったかを聞いた。彼は「FUTURE FORCE」(オールド・スクール・ラップグループ)のメンバーで、1983年にはマンハッタンの老舗クラブ「ROXY」でCOKELESS BROTHERSとともに大きなショーもやったそうだ。しかしポエトリーに興味を持ち、1984年頃からポエトリーを書き始めた。ヒップホップ・ポエトリーが本格的にメジャーになったのは1992年頃で、初めてショーに出たのはヘルズ・キッチン(注2)のコミュニティ・クラブ「REDROOM」だったという。1995年6月のこのショウケースは「RECKLESS IN HELL'S KITCHEN」といい、ホストは女性ポエトのJENNY ROBERTだった。

 FAREEDが初めてホストを務めたショウは、NUYORICANの「RAP POETRY THE HIP HOP TIP」で、1995年7月のことだった。もともとROCKYが「ALL THAT」というショウをNUYORICANでやっていて、FAREEDを招き入れたという。最初は5人程のポエト達で始めたショウだが、今では多くのキッズ達が集まるようになった。NUYORICANは、オープンしてからの4年間一度も死傷者が出ていない場所で、クラブとしては驚くべき場所だという。


 LYLICSは1996年1月27日、UNIVERSITY OF STREETで始まった。その後、NUYORICANに場所を移し、今では海外からのメディアも取材に来るまでメジャーになった。数カ月前には、「LYLICISM LOUNGE」でのFAREEDのショウを日本のテレビ局が撮っていったそうだ。しかし、FAREEDはそれについてどんなメディアかの説明も何も受けていない。彼はその後も活動を続け、ヒップホップ・ポエトリー特集を行った初の雑誌「STRESS MAGAZINE」では、FAREEDの詩「KICK THE SPEECH」が掲載された。

 FAREEDに、ポエトリーとラップの大きな違いを尋ねてみた。彼は悩みながらも「ポエトリーの表現は、ラップみたいに限定されていない。例えば、ラップでは愛を語る時、"I'm in love with you girl, cause you are on my mind."(愛してるよ。君のことが頭から離れないんだ)とやるが、ポエトリーだと"You are my shadow, every time I look, you are always there."(君は僕の影。ふと見るといつもそこにいる)とメタファー(隠喩)を使う。その使い方も自由で表現が多岐にわたる」と語った。最近のラップには、こういったポエトリー的手法も使われ出したという。また、彼は文学的ポエトリーとヒップホップ・ポエトリーの違いも説明した。"to be or not to be that's the question"という有名なシェイクスピアの詩を例に挙げ、文学的ポエトリー風とヒップホップ・ポエトリー風に読んで、そのアクセントのつけ方やニュアンスの違いを語った。

 彼は「ラップは、ビジネスになったので面白くない。ポエトリーは、もっと自由に表現できる。NYM FLOW 9(若手のヒップホップ・ポエト)は無実の罪で刑務所に入っているが、そこで書いたポエトリーがSTRESS MAGAZINEの新刊に載った。すごい詩だ。ラップはスタジオが必要だが、ポエトリーはいらない。あいつが刑務所でもクリエイティブなことにリスペクトしている」と語った。彼は、NYMとの出会いを回想した。「あいつが最初俺のショウに来た時は、一文無しだった。俺は、『ただで入れてやる代わりに仕事をしな』と言った。『仕事』とは、ステージに上がって詩を詠むことだ。俺にとっては、入場料をもらうよりも『仕事』をしてくれる方が全然嬉しいんだ。あいつはやった。そして、すごい拍手を受けた。その夜からあいつはポエトになった」

 FAREEDの話を聞いていて、ポエトリーとラップの違いというのは、そのテクスチャーの違いよりも、もっと精神的なものにあるのではないかと感じた。表現方法では、ラップでもポエトリー同様のライムを使える。しかし、ラップ市場はもう米国では確立されてしまっているので、アーティストの自由な表現を許さない状況になっている。だから、FAREEDのようにもう一度他者との精神的な交流を求める人達が、ポエトリーをその媒体として見つけた。昔、ラップがそうやって生まれたように。

 彼は「パフォーマンスのスタイルは、ポエトリーに限定しない。ショウには、ラテンシンガーもR&Bシンガーも出場する。勿論キッズ達は、彼女の歌が聴きたいわけじゃないが、出ているから聴かざるを得ない。それが、重要なんだ。もしかしたら、そこからインスパイアされて違うものに興味を持つかもしれない。それが、アートフォームを一つの場所に置くことだと思う」と語った。(1996年10月27日)


注1) 940 GARRISON AVE. HUNTS POINTS, 718-542-4139:STEVEN SAP
注2) マンハッタンのウェスト・サイドの37丁目から57丁目までをいう。もともと、アイリッシュかイタリア系のモブ達がいた。
注3) 今年一番の人気ブロードウェイ・ミュージカル。ヒップホップ・フィーリングのタップダンス・ミュージカルで、もともとオフだったのが現在はミッドタウンでやるようになった。
  


<オリジナル・ヒップホップ・ポエツ>

・FURIOUS FOUR----最初のヒップホップ・ポエト(FURIOUS FIVEではない)。ポエトリーっぽいラップ。「PROBLEMS ON THE WORLD」をリリース
・MARK LARSEN----FAREEDの影響を受けたポエト、現在では文学的ポエトリーの分野で活躍している。
・JESSICA CARE MORE----アポロ・シアターのアマチュア・ナイトで5回授賞。本も出ている。
・SOUL WILLIAMS----若手では注目株。彼が主演した「Soul」は地元で流行った。
・REGIE GAINES----「BRING IN THE NOISE, BRING IN THE FUNK」(注3)の詩を書いた。今年はそれでトミー賞を受賞。
・SLIP ROCK----ダンサー、NEW YORK BREAKERSのメンバー。よくオープンマイクに出る。

Posted by hiroko at September 21, 2001 04:44 PM | TrackBack
Comments

I'm about to do something. You in?

Love Johnnie

Posted by: Johnnie Roberts at March 23, 2004 04:58 AM

I'm about to do something. You in?

Love Johnnie

Posted by: Johnnie Roberts at March 23, 2004 04:58 AM
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