監督:Joe Brewster
ハリウッド一辺倒の映画界に新風を巻き起こす、新たな黒人映画監督がアメリカに誕生した。ジョー・ブルースター監督は、映画「THE KEEPER」を通して留置所の荒廃ぶりというアメリカの深刻な社会問題を描き出した。彼はもともとブルックリン留置所の精神科医だったが、留置所の荒廃ぶりを目の当たりにし、この状況を映画という形で伝えることを試みた。
この映画は、留置所で働くジャンカルロ・エスポジト扮するポール・ラモント獄吏が無実の罪で捕えられたハイチ移民の収容者、アイザック・バンコーレ扮するジャン・バプティステに同情し、保釈金を支払って彼の釈放を助けるところから物語が始まる。その後ジャンは、ポールのもとを頼って彼の家にやってくる。ポールは嫌がる妻を説得して3人で共同生活を始めるのだが、だんだん打ち解けるポールの妻とジャンに逆にポールは嫉妬を感じ始める。自分の父もハイチ人であるのにハイチ文化を恥じて避けていたポールは、同文化に誇りを持つジャンの姿に複雑な感情を抱く。
弁護士になるために学校に通い、留置所で毎日行われる同僚の収容者への虐待に対して批判的だったポールも、職場のストレスにより勉強に集中できないことに対する苛立ちに加えてジャンへの嫉妬も重なり徐々に人格が変わっていく。最終的に彼の取った行動は、自分のストレスを暴力という形でジャンにぶつけることだった。
先月起こった警察によるアブナー・ルイーマ暴行に対する抗議デモの資金集めとして、9月10日、同映画の上映後にブルースター監督およびアイザック・バンコーレの講演会が開催された。ルイーマ事件は特別な例ではなく、社会的権力のない人々が警察の暴力を日常的に受けていることが表面化したほんの一例に過ぎない。
講演会のなかでブルースターは「この映画が公開されてから職場に行くと、看護婦の1人が私に『私は恐ろしい』と語った。なぜなら留置所で行われている虐待に対してひたすら沈黙を守っていた彼女は、この映画によって内部で何が起こっているかを隠せなくなってしまったからだ」と語った。
しかしブルースターは、抑圧的な留置所のシステムのなかで虐待を受け続ける収容者に対して、虐待を行う側も同様の抑圧を感じていると語る。獄吏も収容者と同様、絶望と希望喪失の犠牲者となっているのだ。この閉塞的な状況のなかで、獄吏たちはこのシステム全体を守り続ける「KEEPER」の役割を演じさせられていると彼は語る。
これは、留置所のシステムのなかで抑圧する立場にいる多くの人間も、アメリカ社会全体のシステムで見れば抑圧される立場にいるということを示している。ハイチ文化を恥じるポールは、マイノリティ文化を劣ったものとして捉えるアメリカ社会の集団意識によって影響を受けた犠牲者のひとりだ。自分のルーツであるハイチ文化に対するコンプレックスが彼をジレンマに陥れ、彼を自己解放から遠ざけている。
一方、ジャン役を演じたアイザックは、役を演じることの難しさよりも役を獲得することが数倍難しい問題だと語った。ブルースターによると、20人の俳優の誰もが主役を演じられる演技力を持っていた。しかし、黒人俳優はそれが発揮できる機会が白人俳優と比べて極端に少ないという。
インディペンデント映画の製作は金銭的に困難な問題がつきまとうが、ブルースターがスパイク・リーに金銭援助を求めたときにリーから無視されたという。この内容はビレッジボイス紙の記事「Get On The (Back Of) Bus」にも掲載されている。
映画は多額の費用を要するビジネスだ。もし高額な予算があればいい映画が撮れる確率が高くなり、派手な広告により観客も集まる。したがって、興業成績が上がって映画館でも長期間上映され、これにより次の映画でも多額の予算が降りる。しかしその一方で、インディペンデント映画は広告費も少なく観客を集めることが難しい。したがって、映画館は上映を打ち切り、今後の映画製作にもそれが影響するという悪循環が起きやすい。映画を観ることによって誰が利益を得るのかを常に意識することが「KEEPER」の役割から抜け出す一歩となるだろう。
Posted by hiroko at September 21, 2001 05:01 PM | TrackBack