1996年8月19日から23日にかけて「パナソニック・ビレッジ・ジャズ・フェスティバル」の一環であるジャズフィルム・フェスティバルがニューヨーク大学で開催された。8月19日の映画はDUKE ELLINGTONとNEWPORT JAZZ FESTIVALについてで、8月20日の映画は、MINGUS、ERIC DOLPHY、SUNRAについてのものだった。どれも非常に興味深いものだった。
MINGUSは、晩年、古びたハーレムのアパートメントに子供と2人で住んでいた。彼が、自分のベースを散らかった部屋の片隅から引っぱり出して、そのカバーを開けるシーン。長年放置されていたそのベースには、かびが生えていて、それを見たMINGUSは「OH, NO!!」と思わず叫ぶ。胸を突かれるものがあった。
彼がまだ活躍していた頃の映像は、それがビデオであるというのを忘れてしまう程、魂が入っている。彼が行っていた、「ワークショップ」というギグ。それは、一回一回のギグがただの音の消費ではなく、それ自体が創作であるというコンセプトに基づいている。一回一回の「ワークショップ」は、作品が生まれていく工房であり、ミュージシャン達の新たな可能性に挑戦する命がけの場所でもあった。多くのミュージシャンはこれが最後のギグとばかりに、毎回全身全霊を込め、音を紡ぎ合わせた。
彼の音楽人生の最盛期に作り上げた数々の名曲、PITECUNTROPUS ERECTUS、FOOLS OF FORBSなどは、何度聴いても60年代という時代のもつ緊張感を感じさせる。晩年のヘロインに侵された彼の頭の中には、まだたくさんのメロディが流れていたに違いない。ゴミの山に埋もれたピアノを弾く彼。その音色は、まだまだMINGUSのものだった。
ヘロイン所持で逮捕された時も、彼には焦りや取り繕うといった感情はなかった。彼が教授になりたいと言った時、インタビュアーが「ジャズの教授?」と訊くシーンがあった。その時の彼の悲痛な表情は、忘れられない。「俺が?いや、考えられない。とにかくジャズは駄目だ、ジャズは...」と彼は言った。その顔には苦悩の表情が浮かんでいた。「ワークショップ」での、ERIC DOLPHYの長すぎるソロに腹を立て、彼からマイクを取り上げてしまった彼。それだけ真剣すぎて、時代が変わってJAZZがコマーシャルになって死んでいくのが耐えられなかったのだろう。
Posted by hiroko at September 21, 2001 05:06 PM | TrackBack