映画「天と地」のベトナム戦争史観は、従来の「ベトコン=悪、米軍=善」というアメリカ的視点のものとは趣を異にする。この映画は、すべては主人公であるベトナム人女性リーの目を通して描かれている。OLIVER STONE監督は、政治も思想・信条・主義も人間への尊厳を疎かにすれば何の意味もなさないことを訴えたかったのだろう。国がいくら大義名分を謳ったところで、殺され苦しみに堪えるのは一般民衆である。
リーの目には、政治も信条も敵も味方もない。彼女から日常の生活を奪い去り、彼女とその家族をバラバラに引き離す暴力的な権力として、米軍もベトコンも彼女からすれば同じものである。彼女は米軍に捕らえられ、ベトコンの反乱分子の嫌疑をかけられひどい拷問を受ける。その後、今度はスパイ容疑でベトコン側に捕らえられ、輪姦される。
命だけが残った。彼女は、生き延びるために何でもやった。そして、大人の女性に成長していく。大事なものは、一人一人が幸せになることである。それ無くして国家の繁栄などあり得ない。そのために政治がある。その政治が逆に人間を抑圧する事があっては絶対にならない。
(1996年11月7日)
ヘップ・ティ・リー/レ・リー
トミー・リー・ジョーンズ/スティーヴ・バトラー軍曹
ジョアン・チェン/レ・リーの母
ハイン・S.ニョール/レ・リーの父
みるまえに オリヴァー・ストーンの『プラトーン』、『7月4日に生まれて』につづくベトナム戦争もの。初めて、女性の視点から、そしてベトナム人の立場から、ベトナム戦争とその後の時代を検証しています。彼自身の言葉を借りれば、これは「ベトナム版“風と共に去りぬ”ともいうべき一大叙事詩」なのだそうです。「一大叙事詩」ですから、ストーリーがやたらとはしょって飛んでいくのは致し方ないことなのでしょうか。原作は、レ・リー・ヘイスリップの『天と地─ベトナム編』と『天と地─アメリカ編』の二つの回顧録。その主人公レ ・リーを演じたヘップ・ティー・リーは、当時23歳のカリフォルニア大学生でしたが、彼女の半生もまたレ・リーに劣らずドラマティックです。
『プラトーン』、『7月4日に生まれて』も考えさせられる映画でしたが、『天と地』の目線は『青い凧』に通じる当事者としてのリアリズムがあると思います。
ところで、NYに住んでいた頃、コネチカットにカンボジアとベトナム難民の大きなコミュニティがあり、たまに遊びに行ってました。大学時代の友人のジェレミーはカンボジア人で、「NYのアップタウン(ハーレム・ブロンクスなど)で聞こえる銃声は怖くない」といつも言っていました。それは、小さな頃爆撃音のなかで育ったので、音に慣れてしまったからだそうです。
NYでは、彼は普通の大学生と同じようにジムに行ったり女の子とデートしていましたが、難民キャンプに残って別れ別れになった親戚のことは忘れることができないようでした。家に遊びに行ったとき「キリングフィールド」を一緒に観て、2人で大泣きしたことを覚えています。
国に帰りたくても帰れない、居場所がない人達がNYにはたくさんいて、そのほとんどが戦争で家族や愛する人を失っている。そんな事実が、人と触れ合えば触れ合うほど現実として重くのしかかってきました。自分の国に帰れるだけでも幸せかもしれないと、そのとき強く思いました。なんだかとりとめがありませんが、、。