アメリカ都市部の多くの問題のなかでも、ドラッグは非常に深刻な問題だ。ドラッグの濫用は人間の身体だけでなく精神をも蝕み、周囲にも影響を与えていく。現在の黒人コミュニティの抱える問題の多くもドラッグにかかわっており、とくに1980年代のクラックの登場によりコミュニティは甚大な被害を受けた。それまで強固な共同意識に守られていた黒人コミュニティは、コカインから作られるこの安価で質の悪い麻薬により、ディーラーとクラック・ヘッド(中毒者)の徘徊する荒廃した土地に変貌していった。クラック取引で何万人もの若者が刑務所に送られ、縄張り抗争の銃撃戦で多くの命が失われた。
そのクラック・コカインを黒人コニュニティに持ち込んだのが、他ならぬ米政府だといえば耳を疑うだろう。しかし、それを裏付ける記事が1996年8月18日付けのサンノゼ・マーキュリー紙に掲載された。ゲイリー・ウェブ記者による3日間の特集記事「ダーク・アライアンス」は、米国中央情報局(CIA)の支援を受けたニカラグアの反政府勢力が、武器購入の資金調達のためクラックを黒人コミュニティにばらまいたということを詳細に伝えている。同記事は発表と同時に全米中で議論を呼び、テレビやラジオ、インターネット上で多数の討論がなされたほか、カリフォルニア州のマキシン・ウォーターズ民主党下院議員もこの記事を取り上げCIAを非難した。
1979年、ニカラグアでは米政府の支援を受けた独裁者のアナスタシオ・ソモザが倒れ、キューバ政府の支援を受けた社会主義のサンディニスタ党が政権を握った。その後、CIAは同政権の転覆をはかり1981年に反革命・反政府ゲリラ軍のFDN(通称コントラ)を設立した。同記事によると、その党員であるノーウィン・メネセスおよびダニーロ・ブランドンが中心となり、大量のコロンビア産コカインをLAの黒人コミュニティに持ち込んだという。その方法は、メネセスと緊密な関係を持つサルバドル空軍高官により、サルバドル軍用機を使ってコカインをテキサスの米空軍基地に運んだというものだ。これをLAのサウス・セントラルの黒人ディーラー、リッキー"フリーウェイ"ロスがばらまいた。
この記事に対し、ワシントンポスト紙やニューヨークタイムズ紙などの主要マスコミはそろって否定的な見解を述べた。また、CIAも記事内容は不正確だという見解を発表した。しかし、こうした主要メディアの非難にもかかわらず、ゲイリー・ウェブ記者は業界団体「ソサエティ・オブ・プロフェッショナル・ジャーナリスト」の1996年度ジャーナリスト賞を受賞している。
また、多くの黒人達はこの記事内容を信じるどころか周知の事実だと捉えている。安価なコカインが黒人コミュニティへ大量に流入するには、何らかの政治的な力が働かない限りは不可能だ。コントラ闘争は現在では過去のものとなったが、南米からのクラック流入・販売ルートは維持され、アメリカの黒人たちはいまだにクラックのもたらす被害に苦しんでいる。
同記事によると、ブランドンは連邦裁判所で「目的のためには手段を選ばずという諺があるが、それをCIA員が我々に教えてくれた」と証言している。通常終身刑にも匹敵する罪を認めたブランドンは、2年の実刑判決のあと1994年に釈放され、その後は米国麻薬取締局(DEA)の情報屋として働き16万6000ドルを受け取っている。また、メネセスは実刑判決すら受けていない。(97/10/01)
The Tao's principle is spontaneity.
Posted by: Davidson Jean at January 20, 2004 04:08 PM