
「ユダヤ人への敵意をあおる」とユダヤ人団体が反対し、物議をかもしているメル・ギブソン監督の映画『The Passion of Christ』ですが、米国の調査によると、逆にこの映画がユダヤ人に対する敵意を少なくするという結果が出ているそうです。
Posted by hiroko at April 11, 2004 03:02 AM | TrackBack
映画を見た人や見てはいないが事情に詳しいと答えた人の多く(83%)は、現代のユダヤ人にも責任があるか否かと言う見方に映画は影響しないと答えている。映画によってユダヤ人の責任だという感じを強めた人は2%、逆にそういう感情が薄れた人は9%だった。映画を見た146人では、映画には影響力が全くなかったと言う人が80%、ユダヤ人の責任という感じを強めた人が5%、今日のユダヤ人に責任があるという感じを弱めた人が12%だった。
これ、見た後の印象としてはローマ帝国兵士の意地の悪さの方が強くて、ユダヤ人への反感も親近感も残らない気がします。ユダヤ教司祭たちがキリストを処刑に追いやるのは、元々キリストの死と再生のための筋書きの単なる一部でしかなかったのだという印象がありました。特に磔になったときのキリストの神への祈りの台詞の「彼らは自分のしていることがわかっていないのだから許してください」という部分がカメラワークで強調されていたのと、キリストの死の瞬間に嵐と地震が起きてユダヤ教神殿の祭壇が真っ二つに割れてしまう場面もあり、彼らも罰を受けた印象を構成するようになっていた気がします。
しかしこの映画、半分は血みどろの拷問シーンです。聖書的な単純化も美化することもせず、実際に鞭打ちを受けたらこうなるというリアルさにこだわった感じがしました。鞭打ちのシーンではスクリーンから目を背けている人もずいぶんいたし、カップルで見に来た人たちが終わった後みんな押し黙ったまま劇場を出る光景がありました。
結果、キリスト教の人にとっては、この映画を見るのは自分の内在する行動規範についてのキツイ質問を突き付けられるのと同様でしょうね。何しろ今では、特にアメリカではテレビ伝道師やらPromiss Keepersなど"born again chiristian"の動きなど、キリスト教もシミュラクル化していますから。