
今日は、野田秀樹の「走れメルス」をシアターコクーンで観た。このお芝居は、「劇団夢の遊眠社」時代、彼が20歳の頃に書いた「野田戯曲の原点」ともいうべき作品で、初上演はなんと30年近くも前の1976年。もちろん今の時代に合わせて演出を変え、深津絵里、河原雅彦、小西真奈美、中村勘太郎などテレビでよく見る旬の役者達が演じている。
でも、どこかピンとこなかった。主人公の少女、芙蓉(深津絵里)の「鏡台」を中心に、鏡の「こちら岸」と「向こう岸」の登場人物が互いに反転して呼応しあうというストーリー展開は分かるのだが、「こちら」と「向こう」の境界線がそこまではっきりと見えないし、もしかしてその境界線自体が、今の時代には存在しいないものかもしれないと思った。実像と虚像という対比ではなく、どっちの世界も限りなく相対的なものであり、虚構のなかで生きているような現代人に、ロックスターのメルスが実は虚像だったという展開が、もはや合わないような気がした。
まあ、でもストーリーはあまり関係なく、タイトルどおり走りまくるドタバタ喜劇、言葉遊びなどは面白かった。不思議だったのは、劇が終わったあとの観客の空気は、熱気というよりも安心感のようなもので、拍手はするけど、手が痛くなるくらいの拍手はあまり聞こえなかった。役者さんも、カーテンコールでほとんど笑顔を見せなかったし、ステージではあんなに暴れ回っていたのに、なんだか冷静だなと思った。よく考えたら、カーテンコールで役者さんが笑っていなかった芝居、見たことがないかもしれない。もしかして、みな疲れきって限界だったのかも、、。
Posted by hiroko at January 13, 2005 02:05 AM | TrackBack