話題になっているフラッシュムービー「EPIC 2014」の日本語訳をしてみた。映像と一緒に観てほしい。このムービー、クリエイティブ・コモンズのライセンスなので、誰かフラッシュに字幕をつけてくれる人がいれば、私の翻訳を使ってもらっても結構です。
個人的な感想は、2007年に電子ペーパーが紙よりも本当に安くなればいいなぁと思うが、これはムリだろう。また、マシンが記事を作るという設定は、すでにグーグルでは高精度の記事サマリーは提供しているので、現実味はあるかもしれないが、面白い記事ができるのかどうか疑問。
個人ブロガーがメディアを席巻し、NYタイムズをオフラインへと追いやるという設定は面白いが、マスコミもそこまで馬鹿ではないと思う。たしかに個人ブログによりマスコミの誤報が正されたり、企業メディアには無視されてきたが重要なトピックが取り上げられたりといったプラス面はあるが、ブログのエントリーはその多くがマスコミの記事をベースにしたものなので、今後も互いに補完的な関係になると思う。
ただし、事件が起こったときにその場にいた人が映像を撮影し、それをウェブに掲載するといったインディメディアやオーマイニュース的な開かれた情報発信形態は、もっと伸びて行くだろう。
と、いろいろ書いたが、いろいろと考えさせられるとても興味深いムービーだと思う。まあNYタイムズがオフラインになるより、皮下埋め込み型ICタグがファッションになり若者の間で流行するほうが現実味がある気がするが、、。
「EPIC 2014」全訳は以下↓
最良の、そして最悪の時代。
2014年、人々は前世紀には考えられなかったほどの膨大な情報にアクセスできるようになる。
誰もが、何らかの形で貢献をする。
全員が刻々と変化する生きたメディア空間に参加するのだ。しかし、マスコミは姿を消してしまった。”第四の権力”は衰退する運命にあり、20世紀的なニュース機関は結果的にはそれほど遠くない過去の残留物となった。
2014年への道は、20世紀半ばにさかのぼる。
1989年、スイス・ヨーロッパ粒子物理学研究所 (CERN)のコンピュータ・サイエンティスト、ティム・バーナーズ-リーは、ワールドワイドウェブ(WWW)を考案した。
1994年、アマゾン・コムが設立される。若き創設者の夢は、すべてを売ることだった。のちにインターネット販売の標準になるアマゾンのモデルは、店が個人のお勧め商品を自動的に教えてくれるレコメンデーション・システムの上に成り立っている。
1998年、2人のスタンフォードのプログラマーがグーグルを生み出した。そのアルゴリズムはアマゾンのシステムと似ており、リンクをレコメンデーションとして捉える。この土台が世界でもっとも強力な検索エンジンを始動させる。
1999年、TiVoは、テレビを時間帯とコマーシャルの束縛から解放することで、テレビを変える。元に戻ろうとする人は、ほとんどいなかった。
この年、パイラ・ラボと呼ばれるネット新興企業が、個人の情報発信ツール「ブロガー」を発表する。
2002年、フレンドスターが開設される。何十万人もの若者が登録に殺到し、彼らの生活や趣味、また人間関係に関する驚くほど詳細な情報を共有する。また、この年にはグーグルはニュース・ポータルの「グーグルニュース」を開設。ニュース機関は反則だと叫んだ。グーグルニュースのすべては、コンピュータにより編集される。
2003年、グーグルはブロガーを買収。グーグルの計画は謎だったが、彼らがブロガーに興味を持ったのには理由がある。
2003年は、ブログの年である。
2004年は、すべてが始まった年として記憶に残ることだろう。「リーズン・マガジン」誌は、各購読者が住む家の衛星写真を表紙にし、各人の好みにカスタマイズされた内容を掲載した号を発行した。
ソニーとフィリップスは世界初の大量生産向け電子ペーパーを発表。グーグルは、各ユーザーに1GBの無料スペースを提供する「Gメール」を発表。
マイクロソフトは、カスタマイズ可能なニュース・ポータル「ニュースボット」を発表。
アマゾンは、グーグルの技術をもとに構築し、アマゾンのレコメンデーション・システムとも統合した検索エンジン「A9」を発表。
そして、グーグルが上場する。
グーグルは、新たな資本をもとに大規模な買収を行う。グーグル、TiVoを買収する。
2005年 ー グーグルの動きに呼応して、マイクロソフトはフレンドスターを買収。
2006年 ー グーグルはサービスのすべてを統合する。同社は、TiVo、ブロガー、Gメール、グーグルニュース、そして検索関連のすべてを統合し、あらゆる種類のメディアを保存・共有するための無限大のストレージ容量と帯域幅を提供する万能プラットフォーム「グーグル・グリッド」を発表。常時つながっており、どこからでもアクセスできる。各自でプライバシー保護レベルを設定し、コンテンツを安全に保存したり、外部に公開することができる。誰にとっても、メディアを作り出すと同時に消費することがこれほど簡単にできたことはなかった。
2007年 ー マイクロソフトは、グーグルの増大する挑戦に対して、ソーシャル・ニュース・ネットワークおよび参加型ジャーナリズムのためのプラットフォーム「ニュースボットスター」を発表。ニュースボットスターは、ユーザーの友人や同僚が何を読んでいるか、見ているかを基準にニュースの順位づけや選別を行い、仲間が見ているものに対して誰もが自由にコメントできる。
この年、ソニーの電子ペーパーは、本物の紙よりも安くなり、ニュースボットスターを閲覧するツールとしての第一候補となる。
2008年は、マイクロソフトの野望に挑戦する提携が生まれる。グーグルとアマゾンが合併し、グーグルゾンが設立。グーグルは、グーグル・グリッドと最高の検索技術を、アマゾンはソーシャル・レコメンデーション・エンジンと巨大な商業インフラを提供し、1人ひとりの人間関係、属性、消費行動、また趣味に関する詳細なナレッジを把握することで、コンテンツ、そして広告の包括的なカスタマイズを実現する。
2010年のニュース戦争は、実際のニュース機関が参加しなかったという点が特筆すべきだ。
グーグルゼンはついに、ソフトウェア巨人のマイクロソフトも対抗できない手を打ってきた。新アルゴリズムを使い、グーグルゾンのコンピュータは、あらゆる情報ソースから事実や文章を抜き出して、それらをふたたび組み合わせることで、新しい記事を動的に作り出す。コンピュータが、各人に向けて記事を書くのだ。
2011年、眠れる第四の権力は、最初で最後の抵抗をするために目をさます。ニューヨーク・タイムズ・カンパニーは、グーグルゾンの事実抽出ロボットが著作権法に違反するとして、同社を提訴する。この裁判は最高裁まで進み、2011年8月4日、グーグルゾンは勝訴する。
2014年3月9日、グーグルゾンは「EPIC」を公開。
我々の世界へようこそ。
この”進化型パーソナライズ情報構築網(EPIC)”は、雑多で混沌としたメディア空間を選別し、秩序立て、そして情報配信するためのシステムである。ブログの書き込みから携帯カメラの画像、映像レポート、そして完全取材にいたるまで、誰もが貢献するようになり、その多くが対価を得るようになる。記事の人気度により、グーグルゾンの巨額の広告収入のごく一部を得るのだ。
EPICは、消費行動、趣味、属性情報、人間関係などをベースに、各ユーザー向けにカスタマイズされたコンテンツを作成する。
新世代のフリーランス編集者が次々と生まれ、人々はEPICのコンテンツを選別し優先順位をつけるという能力を売るようになる。
私たちのすべては多くの編集者を購読するようになる:EPICでは、彼らが選んだ記事を好きなように組み合わせることができる。最高の状態では、EPICは、見識のある読者に向けて編集された、より深く、より幅広く、より詳細にこだわった世界の要約といえる。
しかし、最悪の場合、多くの人にとって、EPICはささいな情報の単なる寄せ集めになる。
その多くが真実ではなく、狭く浅く、そして扇情的な内容となる。
しかし、EPICは、私たちが求めたものであり、選んだものである。そして、その商業的な成功は、報道倫理のためのメディアと民主主義をめぐる議論が起こる前に実現した。
2014年の現在、ニューヨーク・タイムズ紙は、グーグルゾンの支配に対する精一杯の抵抗として、オフラインとなった。
タイムズ紙は、エリート層と高齢者向けに紙媒体のみを提供するようになる。
しかし、ほかにも進むべき道は、おそらくあっただろう。
英語のトランスクリプトはこちら。
Posted by hiroko at January 14, 2005 03:51 AM | TrackBackさらに思いつきの続編....
2014年、ワールドワイドウェブ考案の年に生まれた子供たちはすでに25歳になっていた。ウェブと供に育った彼らは、新聞もテレビも信用せず、そのごく一部がニューススターボットを使う以外はEPICしか見ない。当然有料購読サービスに金を払うつもりもない。彼らはすでに何回かの大統領選挙を経験し、既存の印刷・映像メディアがますます政党のプロパガンダツールと化していくのに嫌気がさしていたし、不透明な投票システムや集計結果への操作事件が何度も発生し続けたのを見て来ていたので、政治機構自体におおきな不審を抱いていた。しかし子供時代に、音楽・映画産業によるファイルシェアリング訴訟のターゲットにされた記憶を持つ者たちは、政治への無関心は自分たちに被害が及ぶことも理解していた。そして彼らは、EPICのメカニズムが直接民主主義のツールになる可能性を見いだしたのだった。
2015年、ベイエリアとニューヨークとワシントンDCから集まったグループがGeneral Artificial Intelligence党を結成する。一部からはGnu Artificial Intelligence党とも揶揄されるGAI党は、オープンソース化されたサマライズ・アルゴリズムを主張の基礎として置き、「In Mathematics We Trust」を標語として特定権益者の関与しないクリーンな政治の設立を主張した。GAI党に設立資金提供者の1人は、じつはeBayの創立者であった。また2002年にEmergent Democracyの論文を書いた日本人も賛同していた。
2016年、この年の大統領選挙にはもちろんGAI党からも候補者が登場した。EPIC上での関心を最大に集めたことで選挙資金を得る事ができ、比較的健闘したが、高年齢層からの理解を得ることのむずかしさと知名度の低さから全体では5位以下でしかなかった。しかし、EPIC利用者の中では1位を獲得していた。
GAI党の主張を支持する多数の論文が書かれ、GAOですら報告書を発行するに至って、ワシントンDCの多数の政府機関は「効率化と合理化のため」という理由でパプリックコメントのメカニズムとしてサマライズ・アルゴリズムの採用を開始した。
2020年の大統領選挙は事実上三つの政党の競合となった。民主党、共和党、GAI党である。そして票も三等分に近い状態となった。なぜなら、人口構成比から見て40歳以下でGAI党以外に投票する者は15%しかいなかったからだ。しかもこの年には、議会の構成も同様になっていた。この年、アメリカのbi-partisan政治は長い歴史に終わりを告げたのだったのだ。
こんにちは、堂園@てるくにでんきです。
先日はありがとうございました。
「EPIC 2014」日本語訳と一緒に拝見させて頂きました。
とても興味深い内容でした。
自分のやっている仕事と照らし合わせても、かなり頷ける部分がたくさんありました。ネットでモノを売ると言う事は、その商品に対してどれだけ新鮮で面白い情報と言う付加価値を付けられるかで優劣が決まると思っています。
個人ブロガーがメディアを席巻し・・・
ある得る話だと思います。
Posted by: 堂園 at January 15, 2005 10:13 AM小説になりそうな話ですね!
オールドスクール世代の逆襲、EPICへの侵入&データ改ざんなどもテーマにしたら面白そうです。
一方の日本では、2020年頃には団塊の世代が政治やビジネスの中心からほとんど姿を消し、ポストバブルの1991年以降に生まれた子供達が30代に差し掛かろうとしている時期ですね。学歴もマスコミも信じないGen. Zは、EPIC/Jを信望するのか、それとも「希望の国のエクソダス」のような新国家を作るのか、、!?
Posted by: hiroko at January 15, 2005 01:09 PM堂園さんへ:
こちらこそ、ありがとうございました。
モノを売るということは、情報の提供から顧客サポートまで様々なサービスを売ることでもあり、また買い手の多くも、どこから買うかということを重要視するようになってきていると思います。
コメントやトラックバックの誘導などもぜひやってくださいね!
Posted by: hiroko at January 15, 2005 11:47 PMちょっと前に英語のトランスクリプトを読んでいたときは「なるほど」て感じだけだったのだけど、日本語訳を読んだらいきなり日本語の頭が刺激されてしまいました。
ハッカーの世界にもオールドスクールとニュースクールの差が出来て来ているようです。以前はみんな誰かしら師匠についていたのが、最近は単独学習単独行動のハッカーが増え、全容がわからなくなってきているらしいし。また、中国やロシアマフィアの参入もあるようです。EPICが経済圏となっていくなら、脅威はその方面から来るかもしれません。
一方の日本はまったく違いそうですね。この予測の方が難しそう、というより私もずいぶん日本のことを知らなかったり。さて続き考えてみました....
なんでも組み合わせの欲望として消費してしまい大きな物語に共感を持たないオタクは政治に興味を持たない。政治家は2015年になっても相変わらず、自分でメールする者は5%、携帯はしゃべるための専用という者ばかり。年功序列給与が温存され予算消化を計画経済のように行う、社会主義国家のような霞ヶ関の環境は政策を硬直させ、それに嫌気がさした優秀な官僚は次々と辞めてしまうので、その勇気がない者だけが霞ヶ関に残っている。
日本企業は相変わらず「物作り指向」にこだわり、そのため独自技術を知的財産権で守ることに血道を上げ足かせをはめようとする。そのため、逆に全体ではイノベーションが停滞、中国と韓国にさらに追い上げられる。そのため雇用がさらに厳しくなり、企業は低賃金で福利厚生を求めないフリーターの採用を好むようになり、フリーター人口はさらに拡大する。
しかしある時点でフリーター人口は不満のクリティカルマスに達する。いくら働いても給料の上限は低く、企業の都合でいつでも辞めなければならない労働環境に対して、彼らは自分たちは搾取されていると気がつくのだ。この時点から自分で起業するフリーターが相次ぐようになり、あらたなベンチャーブームとなる。彼らは、大企業にしばられないフリーターの経済圏を作り出すようになる。2002年頃から始まったカフェブームは、のちにこの傾向の予兆だったと考えられるようになる。
インターネットとともに育ち、六本木ヒルズ企業などの成功話も知る彼らには、やはりネットベンチャーを目指すものが多かった。しかし、基礎技術とビジネス感覚の弱さから、身近なコンテンツビジネスにしか手がつけられない。でもそれにも関わらず、オタク的消費傾向と合致したために成功例がふえる。この動きと、物作りにこだわりネット上の情報フローをビジネスにすることになかなか参入しない日本の大企業の動きに目をつけたGooglezonは、日本でもEPICを拡大し始める。EPICのインフラを日本にも持ち込み、フリーター・ベンチャーのビジネス受け皿のための下地を作った。
Googlezonは、日本の大手テレコムのユーザーシェアが30%以下に下がっていることから、地方や中小のISPの買収に専念する。アメリカの主要VC各社がこれに協力したため、この戦略は成功しEPICは日本のネットインフラの50%を押さえる。唯一この動きに脅威を感じたY社は、EPIC進出の直前に中国テレコムに買収される道を選ぶ。
フリーター経済圏は、中心を持たず興味の対象でクラスター化している。これはもしかすると日本版リバタリアン層の誕生かもしれなかった。それは彼らの年齢が上がっていくにつれ拡大し続ける。そしてついにオールドスクール経済圏との対立が発生する。オールドスクール層は政治家を動かし、フリーター経済圏への課税と強制年金支払いをさらに強化する法案を国会に通す。
これに反発した一部のフリーターはゲリラ活動を開始する。ほとんどが元自衛隊や元警察官出身でフリーターになった者たちで、永田町と霞ヶ関は彼らの戦場となる。2020年、彼らがセットした多数の強力な電磁波爆弾がその一帯を襲い、官邸やアメリカ大使館も含め政府のほとんどのコンピューターデータが消失する。
Posted by: gt at January 18, 2005 03:06 AMほとんどのオールドスクール・ハッカーはあまり政治に関心がないけど、目的遂行を行うためにテロ組織のメンバー自体が新たなハッカーを養成している状況なのですよね。将来は、攻撃の主流がサイバー攻撃と物理的攻撃を組み合わせたものになり、いたる所で非対称攻撃による混乱が想定されるかも。EPICとは、ユートピアか悪夢か、、。
でも一般人にとっては情報操作や被害に遭ったことすら気づかない場合がほとんどで、攻防戦は見えない所で行われる場合が多い。
Posted by: hiroko at January 25, 2005 08:45 AM面白く読ませて頂きました。
ちまたで堀江さんとフジさんの話しがよくでますが、福岡にいると、堀江さんが起因となったプロ野球新オーナー企業が既存メディアの壁やタブーを、本人達も知らぬうちにがらがらと壊していっているように思えます。多分その先にEPIC 2014があるような、、、さて、そうなると地方という概念は、、、なんて。。。
革命(政治的なものに限らず、革命的な変化一般)にわくわくするのはごく自然なことでしょうが、それは必ずしも破壊的な行為を伴わなければならないのでしょうか? フランス革命は確かに避けられない事象だったと思いますが、これは既存の価値の破壊を伴うものでした。結果として王制を復活させるか、全く新しい秩序を構築するかで長期間国がもめることになってしまいました。
いっぽう、破壊的な要素を排除した革命というのもあります。Hans Christian Andersenは、彼の唯一のSFともいうべき作品"In a Thousand Years"で、科学技術の飛躍的な発展、およびそれによりもたらされる過去から未来への明るい展望を描きました。新しく作られるものが既存の価値を壊さず、むしろ尊重しながら共存するという視点は、わたしにとっては非常に新鮮なものでした。"A Story from the Sand-Dunes"や"The Ice Maiden"などと並び、過去、現在、未来をすべて何らかの形で関連づけながらとらえたユニークな作品といえるでしょう。もしかしたら、Walt Disneyも、Disneylandの理念を決めるに当たり、大いに参考にしたのかも知れません(テーマランドの配置をよく観察してみて下さい)。
こういう対比で思い出すのが、「女性原理・男性原理」というとらえ方です。一言でいえば、自己を周囲から切り離し、独立した事物として自衛しようとするのが男性原理。それに対し、女性原理は人様の負担や責任を自分にも向けることにより、暴力のない共存を図ろうとします。上述の考察に照らし合わせれば、革命は本質的にはいずれの原理でも可能だとは思います。ですが、実際には革命を担う人たちの考え方次第で、どちらかに転がってしまうのでしょう。ことインターネットの世界では、計算機科学の大前提の一つ「閉世界仮説」が幅を利かせていることもあり(典型的なのがGoogleのリンク解析、「リンクを受けざるものは検索されるに能わず」)、どうしても男性原理に偏ってしまうように思えてなりません。
もっとも、計算機をやってるとえてしてこういう考えになりがちなのかも知れませんが... チューリングテストなんか、被験者になる人間の頭の中身が全く変わらない(ie 成長しない)ということを仮定していますし。現実にはそんなことはないわけで、チューリングテストは事実上実行不可能な実験と化しているのではないでしょうか。少なくとも、チューリングテストにおいて、実験条件を変えて対照実験を行うのは困難です(結果が実験手順に依存する恐れがある)。また、人工無能に興味を持っていた人が、人工無能を実用的な目的からエンターテイメントに切り換えたとたんに人間味を感じてしまうなんてことも起こりました。単純に見れば人間の質が変化した結果であるにも関わらず、「アプリケーションを選べばよい」といって実験系の外へ条件を押し出してしまったのです。いわば、バカが自分でバカと分からないのと同じなのでしょう。Mme Leprince de Beaumontの"Beauty and the Beast"はこれを痛烈に批判しているのではないでしょうか。人間味をなくし、機械としてしか人間をモデル化できなかった人物が計算機科学の基礎を作ってしまったのは、人類に対する重大な損失といわざるを得ないでしょう。