September 21, 2001
STANLEY COWELL
STANLEY COWELL、彼はブロンクスのリーマン・カレッジでジャズを教えている。70年代はMAX ROACHとJIMMY HEATHのバンドでプレイし、クラシックとジャズの融合であるサード・ストリームでも80年代に有名になった。彼は私の先生でもある。彼の授業は、その毎回毎回が、今まで受けた事がない位興味深く、また楽しいものだった。
1996年10月8日、先生の次のアルバムのレコーディングが行われた。午後7時からのレコーディングだったが、Marylandに住む彼は、車で来る途中渋滞に巻き込まれ、午後8時近くにスタジオに到着した。スタジオにつくや否やピアノに座り、リハーサルも何もなしにレコーディングを始めるあたりはさすがベテラン・ミュージシャンだ。3歳の頃からピアノを習い始め、55歳の現在でも、毎日基本練習を欠かさない謙虚な姿勢が彼の音に表れている。コマーシャルなものを排除したため友人のHerbie Hancockのようには有名にならなかったが、アメリカのジャズ・ミュージシャンの間で彼ほどリスペクトされている人もいないだろう。
今日のレコーディングのCDは、来年でるそうだ。日本の音階を使った非常に美しいメロディに、ブルースっぽいサックスを重ねた曲をやっていた。レーベルは、 SteepleChaseというデンマークのインディ・レーベルで、社長のNils Wintherさんの奥さんは日本人だった。ジャズのインディ・レーベルではドイツのEnjaやECMなどと並び3本の指に入るというSteepleChaseは、10年前からコントラポンクト(=Counter Point)というクラシック・レーベルも始めた。現在は毎月4本ほどレコードを出しており、その作品は、日本ではビデオアーツという所から入手できる。
授業を受けていた時は、毎日のように先生のオフィスに行っていた。先生のオフィスは、他のミュージシャンや友人、またいろんな生徒でいつも賑やかだ。毎年2月は「ブラック・ヒストリー・マンス」でいろんなテレビ特集やイベントがあるのだが、その時テレビでJames Boldwinの特集を観て感動した(日本ではUPLINKからビデオで販売されている)と彼に言った。Boldwinは、私が最も尊敬する小説家の一人で、マルコムXの親しい友人でもあった。すると先生は、若い頃アップタウン(ハーレム)のバーでプレイをしていた事があり、Boldwinの兄弟がそのバーを経営していたと言った。ある日Boldwinがバーに来て、彼の事を「彼はいつも若いね」と言ったそうだ。彼はそのコメントに対して「多分僕が大人じゃないといいたかったのかな」と言って笑った。
ある時、先生にグラフィティアートの事について尋ねた。今年(1996年)になってニューヨークでは、公共物に対する落書き防止対策が取り沙汰されていたからだ。彼は、公共のものに落書きするのは良くない事だと言った。アートはあくまで他人に押し付けたり、迷惑をかけたりするものではないからだという。彼は、ブームボックス(ラジカセ)を例にあげた。道端でラジカセを持って音楽をガンガンにかけながら歩いているホームボーイ達は、他人の迷惑を考えていない。皆が皆、彼等の音楽を聴きたいわけではないのに、それを強要している。
彼はさらに続けた。そういう人達は、彼のクラスに来ても、音楽について理解を示そうとしない。彼等にとって重要なものは、ビートというたった一つの音楽的要素だけであって、それ以外の要素というのは興味の対象外なのだ。確かに、ビートというのはダンサンブルか否かという意味では非常に重要だが、それだけが音楽ではない。メロディ、トーン、インプロや、どんな楽器を使っているか、構成など、あげれば切りがない。私も、ちょっと前まではそれに対してまったく無知だった。
先生は、どうしたら若者が音楽を理解するようになるかをいつも真剣に考えている。私が音楽についてなかなか理解できなかった時、彼はKYMA(新しいモジュラー)で4つの基本音波を教えてくれた。Sine/Sawtooth/Squere/Rectangleといい、後者になればなる程音がシャープになる。すべての音は、この4つの音から構成されている。鳥のさえずりから、木の葉のそよぐ音、またマイルスのペットの音まで、すべてはこれらの組み合わせなのだ。その時私は、今まで自分が聴いていた音が何と狭かったのか、そしてどんな音でもそれを感知する主体次第で音楽になりうるのだと気づいた。
ジャズのクラスは、モードになってからいまいち良く分からなくなった。同じクラスを取っているトロンボニストのバナードに訊くと、ますます分からなくなった。しかし、コルトレーンとマイルスが何をやったかというのが、彼の話を聞いていてほんの少し分かった。すべてのキーでモードを考えるなんて凄すぎる。バナードが言っていたけど、彼が先生を賞賛するのは、聴いただけでどのモードかすぐ分かるからだそうだ。
詩人の友達が「ジャズは、thinking man's music(考える人の音楽)とも言われている」と言った。その言葉が、ジャズをポップスとして聴けない理由を表している。ジャズは、進化し続けている。単なるダンス・ミュージックとして規定出来ない音楽になってしまった。それでも、いろんな人達がジャズをまたポップにしようと試みている。WYNTON MARSALISなども批判は多いがジャズをもっと話題にしようと頑張っている。先生も、学生を集めてビッグバンドを作り、地元の悪ガキ高校生達の前でコンサートを開いたりしている。こういうダウン・トゥ・アースな人達がコミュニティにいる限り、ジャズは健在だろうと思う。(1996年10月8日)
September 02, 2001
ROBERTA FLACK
ROBERTA FLACKの「サンデーブランチ」を聴いている。ゆったりした朝。窓の外から入り込む秋の透明な太陽の光に少し肌寒い風が心地よい。KISS FMの毎週日曜日の午後12時から流れるこの番組は私のお気に入りだ。「Have a snack and make sure that you are comfortable.」(スナックでも食べながらくつろいで聴いて)というROBERTAの優しい声。なぜかすごく安心する。
今日は、「THE REVOLUTION WILL NOT BE TELEVISED」から始まった。ROBERTAが、若い人達を励ましたいと言っている。このバージョンは、女性ボーカルDANA BIYANTのカバーだ。1994年のGIANT STEP VOL.1に入っている。ジャジーなバックトラックにエンディングがゴスペル調になっていて、超かっこいい。
次のISLEY BROTHERSの「FOR THE LOVE OF YOU」は私のお気に入りだ。「今でもこの音ってナイスだと思わない?」とROBERTAはイントロの美しいサックスの音を賞賛する。彼女は「ロックンロールとR&Bは違う。その違いを伝えたい」と語った。
WHITNEY HOUSTONの「EVERY WOMAN」が流れた。ASHFORD&SIMPSONがCHAKA KAHNの為に創ったクラシック。彼は昔ホームレスだった。セントラルパークのベンチで歌っていた時、通りがかったプロデューサーがその歌声を聴き、スカウトした。今ではクラシックソウルの第一人者だ。
TEMPTATIONの「MY IMAGINATION」、 THE MAZEの「BEFORE I LET YOU GO」、「JOY AND PAIN」、 LUTHER VANDOROUSの「NEVER TOO MUCH」、 FREDDIE JACKSONの「ROCK ME TONIGHT」などがかかった。彼女はいつもいい歌をかける。また、SHERLOCKとか言う人が、バスルームを掃除しながら歌を歌っていたら、誰かがそれを聞き止めてスカウトしたそうだ。ここには、そういったサクセスストーリーが溢れている。それは裏を返せば、人々にとって歌は生活そのものであり、またミュージシャンを目指す人々の裾野が広いことの表れでもある。(1996年11月7日)
MARVIN GAYE
MARVIN GAYEは問いかける。人は何のために歌うのか?何のために歌をつくるのか?彼は語った。「人々に美しい心を蘇らせるため。忘れていた優しい心を蘇らせるため」
大人も子供も関係ない。METHOD MANとMARY J.BRIDGEもMARVINをカバーしている。今のキッズは、世代を越えてMARVINを聴いている。セントラルパークにローラーブレイドをしに行った時、リンクで小さな黒人の男の子がMARVINの歌に合わせて踊りながら滑っていた。
そうやって考えると、今のR&Bやヒップホップのベースには、60年代後半から70年代のクラシックソウル、ファンク、ディスコが多大な影響を与えている。そして、それらのベースはジャズだ。結局、音楽というのはひとつの細長い糸のようにどこまでもつながっている。
MARVINは、小さい頃から教会でゴスペルを聴いてきた。彼は、家で歌うのは好きだがスタジオやステージで歌うのは嫌いだった。「歌う」という行為と「歌をつくる」行為というのはミュージシャンとして必要だが、その二つは全く別のものだ。歌を作る時には、自分の感情をそのまま表現する。しかし、それを毎日のように皆の前で歌うというのは、自分の身体をどんどん削っていくような感覚になるのかもしれない。あまりにも歌が自分自身なので、つらかったのだろう。
GREG OSBY NOTET
スィートベイジルで、GREG OSBYを見た。彼なりの解釈の仕方で、激しく完璧なビバップを聴かせてくれた。ヒップホップ世代の彼は、ビバップはもうクラシックになっている。遡って聴く事の難しさを痛いほど分かっているからこそ、彼の技術とスタイルに脱帽する。
ラジオでは散々「ヒップホップの旅から帰ってきた彼は、今回はストレイトアヘッドのジャズを聴かせてくれる」と宣伝していた。しかし、彼がヒップホップのレコードを出したからといって、ジャズの世界では軟派と見られるなんて絶対におかしい。(1995年12月4日)
JAMES CARTER
土曜日のビレッジバンガードは、話題のサクソフォニスト、JAMES CARTERだった。今では押しも押されぬ若手の代表格である彼は、サーキュレイション(息を吸うと同時に吐き永遠に吹く奏法)でプレイできる。しかも、バリトン、テナー、アルトを自由自在に吹き分けられるし、音もよかった。
その2日後に行ったスィートベイジルでは、もとKOOL&THE GANGのメンバーがボーカル&トロンボーンをやっていた。毎週月曜日はどのクラブも大抵ビッグバンドだが、スィートベイジルではLIFE ENSEMBLEがいつもプレイする。ビジョネスのMARIA SCHNIDERビッグバンドも面白いが、今回のスィート・ベイジルでは女性ボーカルがSARAH VAUGHN張りの声で力いっぱい歌っていて気持ち良かった。(1996年1月26日)
ART FARMER QUINTET
ビレッジ・ヴァンガードでは、Art Farmer Quintet (Don Braden、Geoff Keezer、Kenny Davis、Carl Allen)をやっていた。Art Farmerは、ハードバップスタイリストで、Horace Silverのサイドマンだった事もある。彼の音楽は聴いた事がなかったので楽しみにして行ったが、さすがに上手かった。
Art Farmer は「きっと観客なんて、どうせ良く分かってないんだから」と心の中で思いつつも、つい観客に期待してしまうような憎めない人だった。ユーモアもあって、長年ペットと共に生きてきたんだなあと感じさせるような余裕がある。最後に「リクエストはない?」と彼が言って、観客の誰かが、『TGTT』と叫んだ。彼は、「オーケー」と言い、『TGTT』とは『Too Good To Try』という意味だ」と言った。いい曲だった。
その後、いつもColtraneの息子のRaviがプレイするZinc Barに行った。Coltraneが尊敬するRavi Shankarからもらった名前。先日行った時とは違い、人が多かった。George Bensonやその他のビッグネームも来ていて、凄い熱気だった。ドラムもベースも最高で、基本的にはギターのトリオだったが、ジャムセッションのようにギターが次々と替わってプレイをしていた。
私は、Rodney George (or John)とか何とか言う人のプレイが好きだった。落ち着いているけど、ちゃんとテクもあるし、人柄がめちゃくちゃいい。ドラムも、ギターをサポートして盛り上げるのが非常に上手い。しかもベースは、タイムキーピングがきっちりしているので、ドラムがあれだけ遊んでも安心して聴ける。ベースの音がファンキー系で凄く良かった。(1996年2月19日)
WYNTON MARSALISのワークショップ
JAZZ88で、非常に興味深いプログラムをやっていた。WYNTON MARSALISがホストで、ジャズの現状と問題点、現代のジャズミュージシャンとオールドスクールとの比較などをワークショップ形式で語っていた。R. KELLYの曲「BUMPIN'GROUND」と「STELLA BY STARLIGHT」を比較して、それが現代のミュージシャンにどう影響を与えているかとか、今のジャムセッションはミュージシャン同志のインタラクションが欠けているとか、ジャズは死んだというがそれは真実かどうかなど。彼は、R. KELLYの曲に代表される今のR&Bはメロディラインが単純なので、若手のミュージシャンのインプロにそれが表れていると語った。
メディアにおけるジャズの軽視についても言及していた。コルトレーンの1965年以降の曲は、ほとんどオンエアされていないといった状況で、人々はどんどんジャズから離れていっている。ミュージシャンのパフォーマンスについても、現代のロックミュージシャンや、ヒップホップミュージシャン達は、ビジュアル的に見せる内容のステージを展開しているので、ジャズミュージシャン達のパフォーマンスは退屈に感じるだろうと言っていた。音楽も複雑過ぎて、ポップスとして聴くには重すぎる。若いミュージシャンは、リズムがないと駄目だというし、オールドスクールのミュージシャンは、スイングで昔の人は踊れたのに、今はもう踊れなくなったと言う。
40年代以降は、バードもトレーンももうポップじゃなかったので、バードランドに行く黒人達はマイノリティだったと、あるオールドスクールのミュージシャンは語った。ラジオに出ていたある若いミュージシャンは、ジャズは死んだという。しかし、彼はジャズが好きでジャズをプレイしている。それは、死んだ事にならないのではないか?その他にも、アートブレイキーはアフロキューバンのリズムを取り入れ、ジョー・ジョーンズはハイハットをタイムキーピングに使い始めたなどについて語っていた。(1996年4月1日)
JOE LOVANO QUARTET
ビレッジ・ヴァンガードではJOE LOVANO QUARTETをやっていた。ペットがTOM HARRELL、ベースはANTHONY COX、ドラムはLEWIS NASH。JOE LOVANOはソプラノ、アルト、テナーを弾く。コルトレーンとパーカーの影響を受けていた。演奏自体は物凄くパワフルで、まだ現役といった印象を受けた。一つ一つのノートを大事にしていたし、サイドメンとのアーティスティックなやりとりに気を配っていて、恰幅のいい見かけの割には繊細な感覚を持っている人だと思った。(1996年4月1日)
STEVE TURRE SEXTET
ジャズの歴史は、ミュージシャンと楽器との出会いの歴史だ。ジャズ・ミュージシャンがどのように新しい楽器、新しい音を発見していったかにはドラマがある。Coltraneとソプラノサックスとの出会い、Milesのフレンチホーンへの執着、近年のMax Roachのストリングスを加えた娘とのコンポーズなど、あげればきりがない。しかし、今回STEVE TURREのSEXTETにはもっと新鮮な驚きがあった。
彼はモダンジャズでは余り見かけなくなったトロンボニストで、しかもバイオリンとチェロを加えたバンドは小管弦団のような趣を醸し出していた。特にバイオリニストのRegina Carterの音は、バイオリンの繊細でハイシークエンシーな音なのにめちゃくちゃジャジー!それに答えるMalgrew MillerのピアノはArt Tatumのようだった。さらにSTEVE TURRE の奥さんのチェロのソロもよかった。彼女は、インディゴという名の別のグループも持っており、各地でコンサートを開いている。
しかし一番驚いたのは、STEVE TURREがライブの中盤で、いきなり法螺貝を7〜8個出してプレイした時だ。音はフレンチホーンのような微妙な味わいでなかなか良かったが、それにも増して、法螺貝の穴に手を入れたり出したりして一生懸命プレイしていた彼の姿に打たれた。何かに挑戦し新しいものを創りだそうとする姿が、Eric DolphyやColtraneを彷彿とさせた。今年8月25日にイーストビレッジのトンプキンスクエア公園で行われたCharlie Parler追悼コンサートでもJimmy HeathやLion Parkerとともにプレイしていた。最近では注目のトロンボニストだ。後日分かった事だが、彼は少し日本語を話せる。「ほらがい」と日本語で言ったのには多少驚いた。(1996年6月7日)
LOUIS HAYES QUINTET
Sweet Basilにしては珍しくすいていた水曜の夜。丁度、混み合ったところには行きたくなかったので非常に嬉しかった。ミュージシャン達が集まってきた。LOUIS HAYESがドラム・セットの前に座るや否や、いきなり演奏が始まった。もうそろそろだと思う間もなかった。いきなしシンバルをじゃーんって感じで、心臓に悪い!観ていた場所がステージのほぼ真横で、LOUIS HAYESは私の目の前。音の流れが目に見えるような、淀みないドラムのタイムキーピング。また、長身のJAVON JACKSONのテナーと、泣きの入ったRILEY MULLINSのペット。最初からすごいテンションだった。
DAVID HAZELTINEのピアノソロの後のLOUISのソロは、ハイハットを刻む足の振動が直接聴こえてきた。強烈なパワー。4曲目はガーシュイン、5曲目はマイルスだった。4曲目の「SUMMERTIME」で、JAVON JACKSONがコルトレーンっぽいサックスソロをやってくれた。
このクウィンテットは途中、ストレイトアヘッドなスウィング・ビートやビバップのエイトバーリフもやってくれて満足だった。2曲目のHAZELTINE作曲の曲は良かった。ピアノとドラムの息がぴったりで、気分がいい。ベースのPETER WASHINGTONのソロからの終わりへのもって行き方も、ピアノとドラムが完璧に合っていた。(1996年8月7日)
SONNY ROLLINS
SONNY ROLLINSの野外ステージ・パフォーマンスがあった。リンカーンセンターなんて、去年オペラを観て以来。8時からのショウで、8時近くに行くと既にパークは人で埋めつくされていた。SONNY ROLLINSは、ビバップのリズムとメロディがそのまま人間になったのではないかと思える位凄かった。
ビバップのお馴染み8バーフレーズからアラビックスケール、アフロキューバンまでロングソロで聴かせてくれた。IN A SENTIMENTAL MOODでは泣け、その後にやったMonkの曲では一番SONNYがやりたかったことだと感じた。とにかくパワフル。疲れ知らずの演奏の長さだ。カリプソっぽい曲も何曲かやり、トロンボーンのメロディはとてもブルージーで私好みだった。He never stops!! (1996年8月16日)
KENNY GARRET
かっこ良すぎる。何が一番心に残ったかというと、彼の感性だ。基本的にはストレイドアヘッドのジャズが中心だったが、感覚はヒップホップに通じるものがあって、非常に新鮮だった。た。それでいて、大人の音。彼の個性がそのまま音楽になっているのだと実感した。
たとえば、コルトレーンの曲をやるにしても、シーツオブサウンドも完璧にやって、それでも彼自身なのだ。それはコルトレーンの真似じゃなくて、KENNY GARRETの音。沈黙の使い方なども、別にマイルスを意識しているわけじゃなくて、彼の性格から自然と湧き出てきたものだろう。また、コマーシャルな音の使い方もよく心得ていて、チープにしか聴こえない音も彼がやるとクールになる。自分の音をどれだけ追究しているかがよく分かる。
彼の音を聴いた時、今まで引っかかっていたものが一瞬すべて解けたような気がした。音楽を聴いて楽しむのは、理屈じゃない。ジャズのフォームやテクスチャー、いろんなスタイルを勉強していてもいなくても、いいものはいいと分かる。どう聴くのかではなく、どう感じるかなのだ。(1996年8月21日)
CHARLIE PARKER TRIBUTE CONCERT
イースト・ビレッジのトンプキン・スクエア公園で行われたCHARLIE PARKER追悼コンサートには、ジャズ・ミュージシャンが勢揃いした。MILT JACKSON、MAX ROACH、RASHIED ALI、STEVE TURRE、PAUL WESTもいて、なんだか歴史の中にいる気がした。RASHIED ALIに関しては、ただのおっさんだと思って何げに話していたら後で本人だと聞かされて驚いた。
音楽は、JIMMY HEATH QUANTETが始まった時からしか聴けなかったけど、BARRY HARRISのピアノ、LION PAKERのドラム、JOHN HARRISのペット、STEVE TURREのトロンボーンという完璧なメンバー。JIMMYのテナーはかっこよかった。ビッグバンドのノリで、ばんばん吹きまくっていた。
KENNY WASHINGTONのことも、その時聞いた。彼は、WBGO(ジャズ88)の番組のホストを務めている人としか認識がなかったが、実はジャズの生き字引だそうだ。ジャズミュージシャン達がかなわないと言うくらい凄い。たとえば、1980年代くらいまでのジャズシーンなら、どの人が何年にどのレーベルのどのレコードで誰と何をプレイしていたかを的確に言えるそうだ。それも、小さいレーベルでもちゃんと知っているという。プレイしている本人も忘れていた時に「君はこのレコードの何とかという曲の中で、何楽章の何小節目でこういうプレイをしているね」と言われたそうだ。
トンプキン・スクエア公園は、現在はパンクの溜まり場になっている。その南側に、CHARLIE PARKERが住んでいたアパートがある。その辺りにはスクォッター・ハウスという不法居住アパートがあって、最近は立ち退き問題で警察と市民との係争が絶えない。そんな場所でのコンサートは、リンカーンセンターで聴くジャズとはひと味もふた味も違う。(1996年8月25日)
HERBIE HANCOCK
毎年恒例の「パナソニック・ビレッジ・ジャズ・フェスティバル」では今年、Herbie Hancockのフリーコンサートがあった。しかも場所は、ワシントンスクエアパーク!午後5時からだったので急いで行ったのだが、始まって30分もしないうちにアンプが壊れて音が出なくなった。うだるような暑さに加えパークは何百人もの人で密集しており、めまいがしそうになった。文句を言い出す観客に対してHerbieは思わず「タダなんだから、しょうがないだろう」と叫んだ。私と友人は大笑いしてしまった。
Herbieとスタッフ達は、早く直そうといろいろ努力していたが、何度ピアノを叩いても微かな音しか聞こえてこなかった。後ろにいたよぼよぼの爺さんが何度も「It's not right sound, it's not right sound...」とつぶやいていた。途中で抜けて近所にあるニューヨーク大学のカフェに行くと、丁度新入生のクラブ勧誘のパーティが中庭で行われていた。その後パークに戻ると、アンプは直っており、皆めちゃくちゃ盛り上がっていた。アンプが故障した後で、あれだけ人をのせれるというHerbieのパワーは凄い。(1996年8月26日)








