September 01, 2003

SOUL SCREAM

『TOUR2002 FUTURE IS NOW』

 気持ちのいい1枚。「ソウル〜!」の絶叫で始まるファンキービートに乗せて、絶好調のソウルスクリームがやってくれた。3月に3rdアルバム『FUTURE IS NOW』をリリース、7月には生バンドのオーサカ=モノレールを引き連れ、東名阪ツアーを敢行したが、その様子を1枚のCDに凝縮したヤバ〜いアルバムがこれ。

 初のワンマンライブということで、会場の異様なほどの熱気が伝わってくる。HAB I SCREAMとE.G.G. MANの絶妙MCコンビが、ライブでしか聴けないかけ合いやラッピンを披露。

 日常の何気ない風景をうまく切り取って見せる(6)や(7)、溢れるイマジネーションで独自の世界を築く(9)ほか、MURO、BOO、UZI、DABO、YOYO-Cなどスタジオ録音盤と同じ豪華ゲストが集結。ギャングスタでも文学調でもお笑い系でもなく、つい「楽しいんだよ!」と叫んでしまう自然体でストレートな表現がイイ。

 以前、レッドマンを取材したとき、日本のヒップホップを盛り上げるには「日本語ラップがたくさん登場するっきゃねぇ!」と宣っていたが、やっぱりヒップホップの基本は、己の言葉で語ること。その意味を、ソウスクはよく分かっている。

 欲を言えば、3本のライブからのいいトコ取りということもあり、まとまり過ぎて小奇麗+物足りない部分もある。まあ本物のライブには、どんなCDもかなわないが。

『ミュージックマガジン』(2002年12月号)
文:長野弘子

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'Stay Human'

Michael Franti & Spearhead

 4年ぶりに出たこの新作は、今までの作品の中では最高の出来だと言える。音作りが今までとは異なり、70年代のソウル/R&Bをベースにした音が作品全体に溢れていて、ヒップホップのアルバムといったジャンルに留まらない。

 92年に実験的なヒップホップ・グループ、ディスポーザブル・ヒーローズ・オヴ・ヒプホプリシーとして衝撃的なデビューを果たしたマイケルは、当時から政治的なメッセージを強く打ち出してきたが、今回も人種差別、憎悪、貧困といった米国の繁栄の影に潜む歪みを容赦なく曝け出している。

 このアルバムは、海賊ラジオ局からの放送という設定で、冤罪で死刑に処された一人の黒人女性を中心にストーリーが展開されていく。モデルになっているのは、冤罪で現在もペンシルヴァニア州の死刑囚監房に投獄されている黒人ジャーナリスト、ムミア・アブ・ジャマールだ。

 マイケルは米紙で商業主義がメッセージの形骸化を招いていると批判、70年代のアーティストは酷い現実を美しい音とともに表現していたと語っているが、彼はルーツへ戻ることで再びライムに魂を吹き込もうと試みているかのようだ。

 個人的には(3)、(5)が好きだが、マーヴィン・ゲイのように自分の心を吐露する(13)、オージェイズを彷佛とさせる(14)などは彼のルーツが色濃く出ている。ザップママのマリー・ドルヌも参加している(20)も必聴だ。

『ミュージックマガジン』(2001年7月号)
文:長野弘子

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September 21, 2002

全米中で大きな盛り上がりを見せるヒップホップポエトリー

切っても切れないラップとポエトリーの関係

文/写真:長野弘子
『ミュージックマガジン』2000年6月号



サラ・ジョーンズ:1人芝居「サーフェイス・トランジット」のフライヤー


 99年1月30日、真冬のニューヨーク。イーストビレッジの果てにあるニューヨリカン・ポエツ・カフェは熱気で充満していた。カフェに入りきれないほど集まった人々は、サラ・ジョーンズの1人芝居「サーフェイス・トランジット」を観に来たのだ。サラ・ジョーンズは、ソウル・ウィリアムスと並び、ニューヨークのヒップホップポエトリーシーンを代表するポエトだ。ラップとは異なり大規模なマーケティングとは無縁のヒップホップポエトリーが、全米中で大きな盛り上がりを見せている。その魅力とは何なのだろう?ポップカルチャーとしてのポエトリーの歴史、黒人文化のヒップホップとポエトリーの関係、そして注目のヒップホップポエトを探ってみる。


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September 20, 2002

ミリオン・ユース・マーチでの体験:納得できない警官の行動と報道

文:長野弘子
『ミュージックマガジン』1998年11月号


 9月5日、黒人青年の団結を目的としてハーレムで開催された「ミリオン・ユース・マーチ」に参加した。参加者は全米中から集まり、日本のヒップホップ・キッズも何人か参加するなど、マーチ自体はポジティブなバイブに満ち溢れたものとなった。しかし、私が一番不満に感じたのは、マーチを監視する警官たちだった。会場となったマルコム・X通りの118-124丁目は警官で埋め尽くされ、しかも終了間際に突如壇上に上がった武装警官によりマーチは無理矢理中断されてしまったのだ。

 しかし、自宅に戻って観たテレビニュースでは、警官でなくマーチ主催者のカリード・ムハマド氏が暴動の扇動者として一斉に非難されていた。テレビ画面ではカリードが壇上で「もし警察が暴動を起こしたらやり返せ」と叫ぶ姿が何度も流されており、これを観た人は同氏が暴動を起こしたと勘違いしてしまうだろう。しかし、このマーチは「ミリオン・ユース」ではなく「ミリオン・コップ・マーチ」といえるほど多数の武装警官とヘリコプターに監視され、地下鉄も110丁目から125丁目まで閉鎖されるという異常なものだった。警官はいつ攻撃を開始してもおかしくないような体制であり、このような状況のなか、同氏は警官を牽制する意味でこの言葉を使ったのである。

 それ以外にも納得できないことがあった。それは、終了時間である。これはニューヨーク市から4時間の許可を受けている合法的な市民イベントであり、12時20分から始まったので4時20分までは続けられたはずだった。しかし、警官が中断したのは4時きっかりで、報道ではこの事実に一切触れていなかった。また、もしも時間が超過したにしても、市民の行うイベントがこのような一方的な暴力で中断されるケースは前代未聞だ。

 私は、こうした事件の背景には、不満を募らせる黒人の貧困層が団結することに対するアメリカ政府の恐怖感があると思う。好景気が続くアメリカで、黒人の集中する都市部での失業率は逆に増加し、黒人は平均して白人の12分の1の資産しか持っていない。経済的に不利な立場にいるのに加えて、多くの黒人はヘイトクライム(人種や宗教などを理由にして起こる憎悪犯罪)の標的にされている。昨年8月、警察4人が「ニガー」などの人種差別的な言葉を発しながら黒人を半殺しにする事件が明るみに出て全米中に衝撃を与えたが、今夏もテキサス州で黒人がトラックに引きずられて殺されたという事件が起こっている。

 これらの状況に対して、黒人優越主義を説くイスラム教団、ネイション・オブ・イスラム(NOI)やファイブ・パーセント・ネイション(5%)では、問題解決のために黒人の団結を強く訴え、多くの黒人たちを惹きつけている。私は、これらの団体が、ただの弱小組織であるうちは何の問題もないが、全米規模になり多くの黒人を惹きつけるようになったので、政府の弾圧に遭うようになったのだと思う。95年にNOIリーダーのルイス・ファラカーン氏が黒人の団結を取り戻すために開催した「ミリオン・マン・マーチ」は、100万人を大きく越える参加者を達成し、マーティン・ルーサー・キング師による68年のワシントン大行進以来の大事件となった。その後、こうしたマーチは全米規模で広がっている。

 私は、黒人優越主義を説くことが正しいとは思わないが、彼らがなぜそれを信じなければならないかを考えたときに、彼らを批判し弾圧する政府のやり方は間違っていると思う。今年8月21日、アメリカ大使館爆破の報復としてクリントン米政府がアフガニスタンとスーダンを突如爆撃した事件も、これと同じ構図があるように思えてならない。

 カリードの息子でミリオン・ユース・マーチの責任者でもあるファラカーン・ムハマド氏は「アメリカはダブルスタンダードの国だ。アメリカ国内では黒人を、国外ではイスラム教徒と共産主義者を差別している。アメリカ政府の行動は、軍事力という合法的な暴力を使用して行っているテロ行為と同じだ」と語った。クリントン大統領はこの攻撃を「テロと戦う」正義の行為と主張しているが、爆撃された工場からはテロリストと関連する確証が検出されず、国際的批判が高まっている。ニューヨーク市長のルディ・ジュリアーニ氏も、ミリオン・ユース・マーチの開催を「暴動の懸念」から反対していたが、実際のところ「暴動を懸念」している政府側が暴力を起こした結果となった。

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September 11, 2001

NYのヒップホップ・ポエトリー・シーン

文:長野弘子
『ミュージックマガジン』1997年5月号


 イーストビレッジの果てにあるニューヨリカン・ポエツ・カフェは、ニューヨークのヒップホップ・ポエトリー・シーンを支える最も熱気にあふれた場所だ。特に、毎週水曜日の「スラム・オープン」には、ニューヨーク中から詩人やアーティスト達が集まり、今一番の盛り上がりを見せている。

 アポロ・シアターのアマチュア・ナイトのように、ポエト達はステージに出て詩を詠み、観客が点数をつけてショーの終わりに優勝者を決める。そこで勝ち残ったポエトは、金曜日の「ポエトリー・スラム」に出場できる。3月23日のショーでは、白人で初めてヒップホップ・ポエトリーを始めたというケヴィンが優勝した。その夜も、ダンサーやジャズ・シンガー、または俳優などで、このカフェはポジティブなエネルギーに満ちあふれていた。


 常連のポエトで、彼自身も「リリック」というヒップホップ中心のショーケースを主催しているヒップホップ系ポエトのファリード・アブドラも来ていた。彼も詩を詠んだ。自らも「MCに近い」と認めるヒップホップのアクセントを持ったその詩は、オールドスクール・ラップに捧げる即興の詩だった。本物のポエトは、即興ができると彼は言う。

 彼のショーケース「リリック」に来たオーストラリアのラッパー、ババ・イズリオンも、ステージに上がったコメディアンへのリスポンスとして、その場で素晴らしいフリースタイルの詩を披露した。ババはオーストラリアに帰って「ザ・ブリッジ」という初のヒップホップ劇を製作し、数々のポエトリーおよびラップを収録したサントラ盤CDを出している。

 先日マジソンスクエア・ガーデンで行われたオールドスクール・ショーに多くの人々が集まるなど、今ヒップホップは、オールドスクール回帰の方向に確実に向かっている。2パック、ビギー・スモールという東西を代表する2大ラップ・アーティストの死を通して、ようやく若い黒人達は自分達のネガティブなイメージが自分達を蝕んで行くということに気づき始めた。

 オールドスクール回帰とは、その音楽スタイルを模倣するということではない。ヒップホップが誕生したときの目的を取り戻そうという、より内面的な動きだ。ファリードは、オールドスクールに遡ると、ポエトリーに到達せざるを得ないと言う。なぜなら、それがヒップホップの起源だからだ。

 それでも、ヒップホップを体験した若い世代のポエトは、昔のポエトとは決定的に違うフレイバーを持っている。たとえば、たまたま会場に来ていたリーダーズ・オブ・ニュースクールのチャーリー・ブラウンが詠んだフリースタイルの詩は、詩というよりも、MCに近かった。しかも、ファリードが言うところの「ポエティック・ライセンス」(通常の英語の文法や記述法に従わない自由な表現方法)を確実に持っている。その要素は、ポエトリー、オールドスクール・ヒップホップ、そしてニュースクールへと確実に受け継がれてきたものだ。

 しかし、それがギャングスタ・ラップというネガティブなイメージのみを商品化したラップによって硬直化してしまっていた。それを取り戻そうという動きが、今のヒップホップ・ポエトリー・シーンなのだ。

 ポエトリー・リーディングに来る人達は、皆作られたステレロタイプのイメージにこだわらない人達が多い。その多くはカレッジ・キッズやヤング・アダルトだ。また、最近のショーケースでは、会場に2、300人近くの人が集まることもあり、ポエトリー人口は増殖し続けている。CD化もされつつあり、ヒップホップ系ポエトのボブ・ホーメンは「ラップ・ミーツ・ポエトリー」を、またブロードウェイ俳優でポエトのレジー・ゲインも2枚のCDをリリースしている。また、長年ニューヨリカンでホストを務め、バイブ・マガジンなどの雑誌ライターでもあるバビト・ザ・バーバーもテレビやラジオに出演している。

 黒人コミュニティにおけるポエトリーは、ヒップホップと再び融合することによって、新たな若者達の表現手段となりつつある。また、オープン・マイクに集まる人々は、ヒップホップのオーディエンスより、人種や年齢、文化、性別などの多様化が進んでいる。マンハッタンだけに留まらず、ブルックリンのムーン・カフェや、サウス・ブロンクスのポインツなど、コミュニティを基盤にしたポエトリー・シーンは着実にニューヨークを侵食しつつある。

Posted by hiroko at 03:27 PM | Comments (0) | TrackBack (0)