September 02, 2002

2パックの死

[ RAW ]

By Hiroko Nagano

 2パックが死んだ。9月16日付けのニューヨーク・タイムズ紙によると、9月7日午後11時15分、ラス・ベガスでデス・ロウ・レコード社長のマリオン・シューグ・ナイトとBMWに乗りドライブを楽しんでいた2パック・シャクールは、横付けされた白いキャデラックから4回の銃撃、合計13発の弾を受け大学病院に運ばれた。マイク・タイソン対ブルース・セルダンのヘビー級タイトル戦を観た後のことで、運転していたシューグも1発の弾がかすって軽傷を受けた。事件の6日後の9月13日の午後4時10分、2パックは呼吸困難による心臓停止により、25歳の若さで死亡するに至った。2パックは9月14日に、本人の希望ということもあってアメリカでは異例の火葬に臥された。ロス・アンジェルス・タイムズ紙によると、2パックは葬列者の見せ物になりたくないと常々家族に言っていたためだという。

 ニューヨークのローカル・ニュース・テレビ局のNY1、またMTVやCNNなど多くのテレビ局では、9月13日の夕方からニュース速報で2パックの死を告げた。それに伴い、ニューヨークのラッパー達は「ストップ・ザ・バイオレンス」運動を始めた。その会場で、Q-TIPはNY1のインタビューに答えて、「彼のいい面を、皆もっと見るべきだ。彼は、才能のある若者だった」と語った。またMary J. Bridgeは、「これは、彼の問題だけではなく、ストリートの若者が皆直面している問題よ。彼はいい人だったわ」と語った。Changing Faceの一人も、「これは、私達が陥っている社会システムのネガティブな部分の表れ」だと怒りを込めて語った。2パックに近い人達やラッパー達は、皆彼に同情的な見方をしていた。

 しかし、街角インタビューに答える人々は、彼のラップのライムのネガティブさ、また彼の女性差別的な発言や行動、さらにサグ・ライフ(=ギャング生活)を地でいく事件を度々起こした彼に同情する人は少なかった。一般人の意見の多くは、彼の死は「身から出たサビ」というものだった。

 ニューヨーク・タイムズ紙では、9月14日付けの朝刊の一面で、「暴力の化身2パック・シャクール、死亡」という見出しで、2パックの死を報じた。彼の生い立ちからラッパーとしての経歴、またここ数年彼が引き起こした様々な事件や訴訟問題などを挙げ、その死に至るいきさつを描いた。しかしこれに対して9月18日に出たビレッジ・ボイス9/24号の中で、音楽ジャーナリストのネルソン・ジョージはその見出しはラッパーの死を一面的に見る大手メディアの傲慢さの表れだと批判した。

 9月16日付けのニューヨーク・タイムズ紙では2パックの死を再び一面に取り上げ、彼の生涯について語っていた。彼が数年前まで住んでいた、南カリフォルニアの公共住宅地「マリン・シティ」にあるアパート89での生活や、彼の父を探し求める潜在意識と結びついたデス・ロウ・レコード会長のマリオン・シューグ・ナイトへの親愛の情などに焦点を当てていた。

 R&Bとクラシック・ソウルのラジオ局KISS FMでは、彼の死後、一般からのファックスや手紙、電話での意見を募集し始めた。そのホストを務めるレス・ブラウンは「ニューヨーク・タイムズ紙やポスト紙など大手メディアからは一面的な報道しか得られないので、もっと一般からの様々な意見が聞きたい。また黒人コミュニティの教育団体や社会団体などの、意見の交換もやるべきだ」と語った。9月15日の日曜日の朝、同ラジオ局は、2パックの死についての特集を組んだ。コメンテイターにネルソン・ジョージやヴァイブ・マガジン・ライターのブラックスポット、また作家のデロル・ドロシーなどを迎え、彼の死を通して現在のラップや黒人社会の現状などについての討論を繰り広げた。まず、ネルソン・ジョージは、2パックという人間のカリスマ性を取り上げた。2パックは非常にユーモアのある面白い人間で、優秀な作詞家であり、映画など演劇の分野でも才能を発揮した。しかし、彼はレイプ、銃撃戦、またタトゥー(LAのギャングは、胸や腹に大きく自分の名前を入れる)などサグ・ライフの象徴として有名になったので、それが彼の中でのジレンマになっていったと語った。

 ブラックスポットは、2パックはストリートの若者の代表で、それが他のストリートの若者と違う点は、ただ彼が有名だったという点だけだと語った。また2パックは馬鹿なことをしでかすけれども、みんな彼のことを愛していた。しかし、彼は有名になればなる程どんどん混乱していったと語った。ブラックスポットは、東海岸と西海岸のヒップホップ文化の違いを強調した。「イーストコースト・ビーフ(=喧嘩)と、ウェストコースト・ビーフは違う。例えば、東のバッド・ボーイ・エンタープライズなどはパーティをよくやるのでファンとのふれあいが多いが、西のデス・ロウ・レコードはファンと身近な交流が余りない。今回の事件は、そういう西海岸の空気を反映したものだ」と語った。その他には、ラップと政治との関係にも触れ、「現在の若者には、政治的意識の土台がない。音楽がただの娯楽になって、音楽のパワーは誰がレコードを売るかによって決定される」と語った。

 しかし、その意見に対してデロル・ドロシーは「音楽にもすべて政治が関わっている。俺達のコミュニティを見てみろ。CIAはドラッグを黒人コミュニティに提供している。コロンビアからやってくるドラッグは、誰が運んでいる?白人企業家たちだ。そして、黒人達を低能でクレイジーな状況に留めておいて、経済的にも苦しいままにさせている。その中から、2パックがでてくる。2パックがやった事をそれで正当化するのは間違いだが、2パックに代表されるマイノリティ達が、いつも恐怖心と怒りと苦しみを持っている事だけは確かだ。それがラップにも表れる。その叫びが、音楽となって表れるのだ」と語った。

 一方、ラジオのリスナーからは、ある女性教師は「誰がジュース(=得、利益)を得るの?『ストップ・ザ・バイオレンス』なんて決まり文句で、皆真剣に考えてはいない。子供達の親は、ドラッグや他の事にかまけて子供達を教育していない。一人一人がもっと真剣に、私達のコミュニティを考えなくてはダメだ」と語った。

 またある男性リスナーは「現代の青年は、方向性を見失っている。そして、混乱している。金が何よりも強い。だからモラルがなくなる。それでロール・モデルもドラッグ・リーダーになる。問題は、それが都市の『黒人文化』になってしまっているということだ。これは、すべて政治もからんだ問題だ。これにより、自己崩壊の道を黒人達は進まざるを得なくなった」と語った。

 途中、ダグ・E・フレッシュの電話が入った。彼はしわがれた声で「音楽は娯楽だ。ギャングスタ・ラッパーは、そのほとんどがスタジオ・ギャングスタだ。若者は、それに気づかず現実と音楽の世界を一緒にしている。2パックは、才能のあるいい奴だった」と淡々と語った。それを受け、ネルソン・ジョージは「焦点は、何が売れるかだ。音楽業界と雑誌社は、ギャングスタが商売になるということに気づいた。ソース・マガジンもヴァイブも、黒人所有ではない。物質主義の最たる洋服、スニーカー、そして40オンスのビールが雑誌を埋め尽くしている。雑誌は、ノンポリだ。政治は、コミュニティから消えた」と語った。

 また9月18日の朝、2パックについてKISS FMのDJが語っていたところによると、2パックは死ぬちょっと前に「俺は変わりたい」と言っていたそうだ。DJは彼の死を悼み「俺は、2パックの『ディア・ママ』と『キープ・ヤ・ヘッド・アップ』が大好きだ。特に『ディア・ママ』は、聞く度に泣けてくる。あんなに才能のある奴が死ぬなんて、やりきれない気分だ。俺達黒人達が一番戦わなければならないのは、死の恐怖だ。多くの才能ある仲間が刑務所に行き、多くの天才達が墓場に葬られて行く。俺達にとって、人生の中での一番の晴れ舞台は葬式になってしまった。それなのに、こうやって自分達で殺し合いをしていることを忘れている。この状況を変えなければ大変なことになるが、俺達はいつもエヌ・ワード(=ニガー。多くの黒人達は口に出すのも嫌なので、頭文字だけで呼ぶ)で自分達を呼び合う。これが、どんなに自分達の自己評価を低め自分達をダメにしているのか、考えるべきだ」と叫んだ。

 2パックの死後、各地で彼の追悼式が行われた。9月15日には、彼が少年時代を過ごしたブルックリンの「ペンテコスタル教皇教会」(The House of the Lord Pentecostal Church)で彼の追悼式が行われ、ハーバート・ドウトリー神父(Rev. Herbert Daughtry)が「私は2パック、そして彼と同様若くして世を去ったすべての若者のために涙を捧げる」と演説した。また、デス・ロウ・レコードでは、9月19日にファンも含めた2パックの追悼式を行う予定になっていたが、会場のウィルシアー・エベル劇場(the Wilshire Ebell Theater) に人員が収容できないと判断されたため、キャンセルするに及んだ。その他にも、ニューヨーク・タイムズ紙によると、9月21日土曜日には、ハーレムにあるセント・アンドリュー・エピスコパル教会(St. Andrew's Episcopal Church)で2パックの追悼式が行われた。約300人の人々が集まり、そのスピーカーの中には、ネイション・オブ・イスラムの前スポークスマンのカーリド・ムハマド(Khalid Muhammad)もいた。

 また、9月22日にモスリム・モスクのナンバー7で開催予定だったネイション・オブ・イスラム主催の「ヒップホップ・サミット」は、2パックの死亡により取り止めになるかもしれないと危惧されていた。しかし、ネイション・オブ・イスラムのニューヨーク代表であるコンラッド・ムハマド(Conrad Muhammad)は記者会見を行い、「2パックも出席する予定だったこのサミットは、『ヒップホップ追悼式』(hip hop day of atonement)と改名し、2パックの死を悼み平和への努力を誓うという目的で開催する。

 東西海岸の連帯を深める意味で、ノトーリアスB.I.G(Notorious B.I.G)、シーン・パフィ・コームス(Sean "Puffy" Combs)、トライブ・コールド・クエスト(A Tribe Called Quest)、ハチャックD(Chuck D.)、DJクール・ハーク(DJ Kool Herc)、アフリカ・バンバータ(Afrika Bambaataa)、マリーク・ヨバ(Malik Yoba)、そしてンブーシェ・ライト(N'Bushe Wright)なども参加する」と語った。

 しかしその後の発表で、ビギーとパフィはキャンセルすることになった。またデス・ロウ関係も出席を差し控えた。これに関してバッドボーイ側では、ビギーが出席を差し控えたのは、9月16〜17日前後にあったビギーの自動車事故のためだとしている。追悼式当日は、ニューヨーク・タイムズ紙によると、雨の中1000人以上もの人々が会場であるハーレムのオベリア・D・デンプシー・センターに集まり、入れない人達も100人以上いたという。

 ヒップホップのラジオ局「ホット97」のパーソナリティのアーサー・ムハマド(Arthur Muhammad)は演説の中で「キープ・イット・リアル(黒人らしく振る舞えという決まり文句)という言葉がこんなネガティブなことを意味するんなら、俺達はその言葉の意味を考えなおすべきだ」と語った。また、人気テレビ番組「ニューヨーク・アンダーカバー」の黒人刑事役を務めるマリク・ヨバ(Malik Yoba)は彼の死を悼んで「君は世の中を変えられるか?それとも世の中が君を変えるのか?」とギターを弾いて歌った。

 また、EURウェブによると、アフリカ・バンバータ、グランドマスター・フラッシュが、東西ラッパーの平和協定に署名し、ウータン・クランのオールド・ダーティ・バスタードはこの追悼式に非常に共鳴し、自分のステージ名を古代エジプト神の名であるオシリス(Osiris)と改名した。

 また、インターネットでは、2パックファンや音楽関係者が中心となり、2パック追悼サイトや意見交換サイトを開設している。デイビー・Dのウェブサイト「デイビー・Dのヒップホップ・コーナー」では、2パック追悼ページ(http://www.daveyd.com)を開設し、チャックDを始めとする様々なヒップホップ関係者の意見を紹介している。また、2パックの死に関して、PJと称する人物が、2パックは実は死んではいないのではないかという仮説を立て、それに対する一般の意見を求めて論争を繰り広げている。彼の説によると、2パックは訴訟問題や他のラッパー達との争いでトラブルが絶えなかったので一応死んだということにして、カリブの小島で余生を過ごすという。これに対する読者の意見は数百件を越え、そのほとんどがPJに反対したものだった。

 また2パックが死んだ原因として、2パックがデス・ロウを離れようとしたためシューグが殺したのではないかという意見もあった。ラッパーの中には、シューグに関わらない方がいいという人も多く、実際、FBIがシューグとLAのギャング団のブラッズとの関係を調査しているとニューヨーク・ポスト紙でも報じている。しかし、FBIではこれに対しては何の声明も発表していない。しかし、シューグ・ナイトはロス・アンジェルス・タイムズ紙のインタビューの中で「もし2パックが戻っくるのなら、俺はデス・ロウを止め、俺の生活、俺の命すら捨ててもいい」と語り、彼と2パックの絆の強さを訴えていた。しかし彼は、2パックの死に関してLA警察に協力的ではないことについての質問には答えなかった。

 また、他の説では、2パックが殺されたのはブラッズとクリプスとの抗争の一部なのではないかとの意見もあった。9月23日号のニューズウィークでのLAのコンプトンでクリプスのメンバーが3人殺された事件を例に挙げ、それが2パックの死への報復という意見もあった。しかし、LAとコンプトン警察では、この事件と2パックの死とは何の関連もないと言及している。また、西と東の抗争、特にモブ・ディープとの対立により、モブ・ディープ一派が2パックを殺したという意見もあった。モブ・ディープとクリプスとの関係も指摘されている。

 また、「ガージェット・リッツの2パック・アップデート」(http://www.voicenet.com/~lynsilk/gurjeet.htm)でも、2パックについての最新情報を掲載している。その中では、2パックに近い立場にいた人間が、2パックは地元オークランドの恵まれない子供達と一緒にライムを書いたり読んだりする特別プログラムを開始した反面、彼からものを盗んだ子供に対して仲間と暴行を加えるなどの二面性を持つと証言した。

 2パックの死は、彼を忌み嫌う人々にとっても彼を信望する人々にとっても、非常にショッキングなものだった。2パックの死後、あらゆるメディアが彼の死を取り上げ追悼式を報じたり、ラップ・ミュージック関係者や黒人活動家などに意見を問うたりした。しかし、大手メディアはそのほとんどが「身から出たサビ」的な報道姿勢で、一般人のほとんども同様な見方をしている。この無理解・無関心こそが、現在アメリカのゲットーの黒人達が直面している最大の問題なのだ。彼らに対する世の中の評価の低さ、さらに同じ黒人でも企業で働く黒人達はゲットーの黒人達をほとんど無視している状況が、彼らを憎悪に駆り立てる。

 彼らがいつもブーム・ボックス(=ラジカセ)やカー・ステレオでラップを大音量でかけるのは、そういった無関心に対する社会への反抗なのだ。EURウェブの読者の意見に、オークランドのラジオ局KPIXで白人のホストが「2パックが死んだからといって、誰が気にするんだ?誰も気にしないよ。それより、世の中がもっと住みやすくなってよかった」と言ったことへの怒りを表明したものがあった。彼らは、そういった大手メディアの傲慢な報道にうんざりしている。彼らはそこで自分達のコミュニティの媒体しか頼れなくなってしまい、必然的に排他的になり社会からの無理解・無関心はつのっていく。

 もう一つの大きな問題は、暴力と自己破壊がゲットーの黒人達の文化になっていることだ。さらにそのネガティブな文化が商品になってしまったことが問題をさらに深刻にしている。黒人達の中には、金欲しさにそういったイメージを売る人達もいるからだ。トゥ・ショートは「ポジティブな歌を作っても全然売れなかったけど、セックス、暴力、ドラッグ、ありとあらゆるネガティブなことを歌にしたら、途端に億万長者さ」と語った。KRSワンも、これに似たことを言っている。また、黒人活動家で今回ニューヨーク市長に立候補したアル・シャープトンもラジオ番組で「2パックのイメージは、レコード産業が会社の売り上げのために創り上げたものだ。

 黒人は、あらゆる産業の商売道具として使われている」と怒りを込めて語った。そしてそのネガティブなイメージが、ゲットーの黒人達と他の黒人達を分断している。たとえば、テレビ局のコーディネイターを務める知り合いの黒人は、若い黒人達のそばに行くときには軽い恐怖感を感じるという。彼も、2パックの死が暴力という社会システムに組み込まれて起きたとは理解している。しかし、彼にとってもやはり若いゲットーの黒人達は暴力的なイメージに包まれた理解不能な「人種」になっているのだ。

 2パックは、丁度次のアルバムをレコーディングし終えたところだった。予定では、インタースコープからマキャベリ・フィーチャリング・2パックとジョディシーのシングル・レコード「トス・イット・アップ」が出る。さらに、11月5日には、2パックの新アルバム「マキャベリ」が出る予定でその同日には、スヌープも新アルバム「ドッグ・ファーザー」を出す。また2パックがサントラにも参加している映画「グリッドロック」は1997年の2月に公開される予定になっている。また、2パックの死後、社会団体の「ラップ・コリーション」(RAP Coalition)は、2パックの名前で奨学金を設立する。

 彼の死は、彼がゲットーの黒人達のネガティブなイメージを変えようと思い始めたその矢先に起こった。彼の才能やカリスマ性を発揮すれば、若い黒人達のいいロールモデルになり得たかもしれないと思うと、やりきれない気持ちになった。彼の死は、ゲットーに住む都市部の黒人達が置かれた状況の象徴であり、彼は氷山の一角に過ぎない。暴力と物質主義、ノンモラルとノンポリが彼らの生活スタイルになって、暴走を止められない若者達の怒りはこれからも積もり積もって行く。それは、いつ消えるのだろうか。 (1996/Oct. Issue)

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September 02, 2001

Set It Off

[ RAW ]

By Hiroko Nagano

 切ない映画である。今年11月6日から全米公開された「Set It Off」は、黒人版「テルマ&ルイーズ」などと言われているが、内容は黒人コミュニティの問題すべてを包有するだけ比較にならない程深い。

 4人の黒人女性、ストーニー(ジェイダ・ピンケット)、クレオ(クイーン・ラティファ)、ティティ(キンバリー・エリース)、そしてフランキー(ビビカ・フォックス)は、ロス・アンジェルスのゲットーで生まれ育った幼馴染みだ。フランキーはゲットーから抜け出すために、ダウンタウンの銀行で働いていた。しかし彼女は、銀行強盗に合った際に非常ボタンを押すのを忘れたという理由で簡単にクビになり、ゲットーに戻り他の3人と一緒にビル掃除の仕事をするはめになる。フランキーは冗談で「銀行強盗でもするしかない」と言うようになり、それがいつしか現実の行動となっていく。彼女達はお金で幸せを掴もうとし、その次に、そこまで彼女達を追い詰めた原因であるゲットーを抜け出そうとする。その寸前に、この話の幕は悲劇とともに降りてしまう。

 この映画を観た人達の中には、今まで観た中でもベストの映画だという人達もいれば、黒人女性達のネガティブなイメージを増幅するものだと批判的な人達もいた。アメリカで黒人達が置かれている状況を把握しないままにこの映画を観れば、彼女達は銀行強盗という安易な手段でお金を求めるので、この結末は自業自得だとも解釈できる。しかし、本当にそうなのだろうか?

 ストーニーの相手役のキース(ブレイヤー・アンダーウッド)は、ハーバード出身の超エリート黒人である。そのキースがストーニーに「君は5年後、何をしていると思う?」と尋ねるシーンがある。ストーニーは、「そんな事、考えた事もない」と答える。目的や夢を持てない状況を作り上げている社会がそこには厳然と残っている。この国の黒人達は、江戸時代の日本の農民のように、いまだに「生かさず殺さず」の状態を余技なくされている。米国政府が発表した1995年の平均家庭年収は、黒人は白人に比べ約50万円も低く、さらに若干であるがヒスパニックよりも低い。この状況を無視し、今年11月18日のニューヨーク・タイムズ紙では、黒人の生活水準は上がっていると報じていた。同紙によると、1989年には白人家庭の年収の79%だった黒人家庭の年収は、1995年には87%に上がっているという。しかし、この「黒人家庭」には、生活保護の代表であるシングル・マザーが含まれていない。また、黒人達の貧困層は、現在でも白人達の約3.4倍という多さである。

 ストーニーがキースに「あなたは、自分が自由だと思う?私は、いつも何かに縛られているような気がする」と言うシーンがあるが、この言葉は、搾取されいまだに底辺の生活を余技なくされている黒人達の共通の叫びだ。だから、この映画の中で彼女達が取った行動というのは、安易な生き方などとは正反対の必死の行動だといえるのである。一緒に映画を観に行った友人は、丁度ストーニーのような真っ直ぐな性格の女性だったが、映画のラストシーンで「みんな馬鹿なんだから」と何度も呟いていた。彼女の同胞達への愛情が痛いほど伝わってきた。

 この他にも、ギャングのボスであるブラックサム役のドクター・ドレイは、演技の必要がないほどはまり役だった。また、ブラックサムの横でちょこまかしているのが、26歳という若手監督のゲイリー・グレイだ。グレイは、アイス・キューブとクリス・タッカー主演映画「Friday」(1995年)で正式に映画監督としてデビューした。また、同年には、クーリオのミュージック・ビデオ「Fantastic Voyage」の製作を担当し、ビルボード大賞(Billboard Music Award)のベスト・ラップビデオ賞を獲得した。またMTV Music Video Awardsでは、TLCの「Waterfalls」、またドクター・ドレイの「Keep Their Heads Ringin」のビデオ製作でも授賞している。グレイはクラシック・カーを集めるのが趣味で、映画「Set It Off」の中でも自分の車('62 Impala low rider)に乗り、ラティファのボロ車を馬鹿にするシーンがある。

 一方、レコード業界では有名なラティファのレズ説について、彼女は11月19日号のビレッジボイス誌上ではっきりこれを否定しているが、真相は定かではない。映画「Set It Off」でも、マッチョのレズビアン、クレオ役を演じるラティファがガールフレンドとキスをするシーンがあったが、その時、会場でホームボーイの一人が冗談っぽく「ラティファ、俺はもうファンをやめるぜ!!」と叫んでいた。ホモフォビック(ゲイ嫌い)のヒップホップ・コミュニティでは、彼女がカミング・アウトすると人気が落ちるのは明らかだ。いずれにせよ、この映画でラティファの迫真の演技を観れば、彼女の男女を越えた人間的魅力に惹きつけられる事は間違いない。

 黒人女性が主役になる最近のブラックムービーの傾向として、ゲイリー・グレイ監督は「今まで黒人女性は、ガールフレンドなどの補佐的な役や売春婦などのネガティブな役ばかり押しつけられてきたが、こうやって主役になることでそういったイメージを払拭する事ができる」とAfronetの中で語っている。 (1997/Jan. Issue)

配給元:New Line Cinema

Posted by hiroko at 05:06 AM | Comments (0)